高橋 経
洋の東西を問わず、冗談(ジョーク)はユーモアがあれば、人々を笑わせ楽しくさせる。たとえ皮肉たっぷりなジョークでも目に廉(かど)を立てるのは大人気ないと許される。だが、他人の心身いずれかを傷つけるジョークは有害そのものだ。
私が中学生になって初めて習った英語の教科書に『プラクティカル・ジョーク(practical joke)』と題した一章があった。日本語に当てはまる言葉は未だに思い当たらないが『実害のある冗談』、『笑って済まされない冗談』といった意味だと理解している。その章では、ある中学生が主人公で、人並みの容貌だが鏡を見る度に『耳が大き過ぎる』のを引け目に感じている。東洋では、大きい耳は『福耳』と言って賢者、長寿の象徴として尊重されているから、大きい耳を恥じるのは異常だと思った。しかしその話では本人が勝手に恥じているのだから何とも致し方がないが、クラスメートの一人にそれをからかい半分に指摘されて落ち込む、という話だった。要するに、他人の弱点を嘲弄するのが『プラクティカル・ジョーク』で良くないことだ、と教えられた。
例えば、誰かが椅子に腰をかけようとする瞬間に、その椅子を手早く動かしてしまう、いう悪戯は、掛けようとした人が転倒して怪我をする危険があるから『プラクティカル・ジョーク』である、と教師に説明されて納得した。(上のマンガの場合も同様:Charles Schultzの"Peanuts"から)
大分昔になるが、ある若い女性の許に出張中の愛する許嫁(いいなずけ)が突然死んだという通知が届いた。4月1日だった。余りのショックにその女性は自殺してしまった。自分で自分の死亡通知を送った許嫁の男性は「エイプリル・フールだったのに」と愕然とし『悪い冗談』だったと後悔したが、後の祭りだった。
アメリカで昨年の大統領選挙戦中、民主党のバラク・オバマ(Barack Obama)と共和党のジョン・マッケィン(John McCaine)が一騎打ちとなった大詰めの頃、双方の選挙運動本部や応援団体から選挙民の間に相手方を傷つける中傷メールがインターネットを通じて矢鱈に飛び交った。特に酷かったのは、マッケィンが選んだ初の女性副大統領候補、アラスカ州知事のサラ・ペーリン(Sarah Palin)に関する中傷だった。虚々実々が半々で『虚』の中には、ペーリンがビキニ姿でライフル銃を構えているポーズ(右の写真)が含まれていたが合成写真に違いない。正に『プラクティカル・ジョーク』で、大人げない選挙運動と言えるだろう。
メールと言えば、見知らぬ差出人からのメールは要注意だ。知っている個人か団体からのメールでも鵜呑みにすると酷い目に会う。例えば、自分の口座がある銀行からのメールを受け取り、企業マークやロゴが付いているから信頼して読み始める。「貴方の口座の明細が何者かに盗まれている形跡があるから、確認したいので次の空欄に答えてください」とある。やれやれと思って書式を書き込み始める。姓名、住所はよいとして銀行のファイルにだけ記録してある筈の『社会福祉番号』の欄を書き込む段になり、直感的に怪しい気配を感じ、銀行に電話を掛けて事の次第を問い合わせる。「そのようなメールは送っていない」との返事。冗談ではない。
日本で『振り込め詐欺』という犯罪が盛んに稼いでいるようだが冗談ではない。『冗談』と『詐欺』は発想が似ているが、根本的に目的が異なるのは言うまでもない。
『迷惑メール』の中に「お金がドンドン楽に手に入る」誘惑が混じって届くことがある(左の写真)。有名企業モドキの名を使い『無邪気そうな』モデルに札束をピラピラさせるなど、巧妙なお膳立てをされると何となく乗ってみる気になる。そこでサイトを覗いてみると入会金がベラボウに安い。安いからと安心してクレジット・カードを使って入会費を支払うために、カード番号から住所電話番号まで書き込んで送ってしまうと、それから先は敵の思いのまま。自分のカード会社からの請求書に数々の正体不明なツケが廻ってくる。請求者が誰なのか、何を購入したか全く狐につままれたようだ。そのツケの金額は30ドル前後だが、それを帳消しにする手続きが面倒だから、『つい』カード会社に払い込んでしまう。「お金がドンドン楽に手に入る」のは入会者ではなく『敵』方である。冗談ではない『詐欺』である。
ロバート・キャパ(Robert Capa:1913年〜1954年)という伝説的な報道写真家がいた。スペインの内乱(The Spanish Civil War:1936年〜1939年)の時に撮った『戦死する兵隊(Falling Soldier:右の写真)』の写真が彼を世界的に有名にした。最近、誰かがその背景が全く戦場とは関係のない農村の一郭であることを確認した。どうやらキャパが兵隊に頼んで、撃たれて死ぬ瞬間をポーズしてもらったらしい、という説が信じられるようになった。『実写』だと信じさせたのはキャパ自身ではなかったかも知れないが、余りにも広まり過ぎ、引っ込みがつかなくなったのであろう。世界中の人々を騙すつもりでした演出ではなかった、と信じたい。
それに多少似た逸話では、1945年アメリカ軍が硫黄島を侵攻した時、AP通信のジョー・ロゼントール(Joe Rosenthole)が演出した、すり鉢山の頂上に6人の海兵隊の兵士が星条旗を掲げる『歴史的』な写真である。実はあの写真の前に撮った最初の写真はアマチュア写真で、旗が小さかったので撮り直すことになった。この演出はアメリカ国民の戦意を高揚するためで、基本的な戦況が事実だったから受け入れられたのであろう。
『演出』といえば、テレビ番組の実況報道のプロデューサーが、視聴率を高めるために『演出』があったとして騒がれていたが、業界では『やらせ』と言って常習になっているようだ。これは冗談ではなく、担当プロデューサーの死活問題に関わっていたのかも知れない。
冗談から脱線してしまったが、最後に手の込んだ『プラクティカル・ジョーク』を一つ。
先日公開した『40年前のアメリカ:1969年』でアポロ11号の月面着陸(右の写真:NASA提供)をハイライトとしたが、あのビデオ映像が『演出』だった、という新説が現われたのである。その『新説』によると:
「時の大統領ニクソン(Richard Nixon)が、宇宙開発でソ連に遅れをとったので、アメリカの国威を回復させるために、是が非でも『月面着陸』を実現させたかった。たまたま閣僚の一人が宇宙映画で名を挙げたスタンリー・キュブリック(Stanley Kubrick:1928年〜1999年)を知っていたので彼を起用し、映画の特殊技術で『月面着陸を実現』させるべく極秘の計画が立てられた。その間の経緯を先の国防長官ラムスフェルド(Donald Ramsfeld)や、キッシンジャー(Henry Kissinger)国務長官にインタビューして確認した」
という内容で、それがメールで送られ、YouTubeという映像公開では人気トップのサイトに繋がっていた。一通り鑑賞したが、盗聴事件で悪評を得たニクソン大統領ならやり兼ねないと思わせる節もあり『やらせの月面着陸』を信じた人が5万人近くいたようだ。しかしラムスフェルドやキッシンジャーのような政府の要人が『国家的な大秘密』を洩らすとは思われず(二人の談話が日本語に吹き替えられていたのも怪しい)、NASA全員とか大勢の関係者の口を一斉に塞いで秘密を守らせる事は先ず不可能なことだ。このような辻褄の合わない部分も多く『やらせ』説を鵜呑みにするわけにいかなかった。どうやら『やらせ』説はプラクティカル・ジョークだったらしい。
これは可成り悪質のジョークだ。この『やらせ』説の製作者がアメリカの威信を傷付ける意図があったとしたら、5万人近くの人々を唖然とさせ、五つ星の評価を獲得したことで間違いなく傷付けてしまったことを否むことはできない。
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時間の無駄とは思うが、若し上記『やらせ』説のビデオをご覧になりたかったら、左の赤い部分をクリック。
1 件のコメント:
人を信じられない、なんて住みにくい世の中だと思います。でも賢明に真偽を判断すれば、この世の中もまんざらではありません。
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