2010年6月29日火曜日

臭いモノには右翼が蓋(ふた)を

(写真は、国粋右翼団体が『ザ、コーヴ(The Cove)』の上映中止を要求するデモ)

『ザ、コーヴ』を上映中止に追い込んだ圧力

たぶち・ひろ子
6月18日付け;ニューヨーク・タイムズ紙に掲載

横浜発:日本でのイルカ漁を取材撮影し、アカデミー賞を受賞した記録映画『ザ、コーヴ(The Cove)』が日本で上映されることは当然のように考えられていたが、今のところ配給元は一館の上映劇場も見付からない状態にある。

日本では、国粋主義者の一翼であるニシムラ・シュウヘイとその同志が譲らない限り、上映は不能の状態だ。


この国では、近代的民主国家という表向きとは裏腹に、極右翼団体の暴力行為、スピーカーで怒鳴り散らすラリー、ネット上での中傷宣伝、脅迫めいた電話、などの常套手段を駆使し、劇場や映画館を震え上がらせ、記録映画『ザ、コーヴ』を上映中止に追い込んだ。理由は映画の内容がイルカ漁に焦点を当てていることだけでなく、イルカに水銀含有量が多いと指摘するなど、魚料理を好む日本人にとって『好ましからざる』影響を与える、としている。


これは、一般市民が賛否両論を討議する際、たった1万人そこそこでしかいない日本では少数派の右翼が頑固な横やりを通してしまうという、いかにも殺風景な一例である。
他の分野でも、日本の皇室をはじめ、少数外人の人権問題、アジアの一部を侵略占領した一世紀前、太平洋戦争での役割りを果たした国家などの過去を通じて、組織暴力団最右翼と常に緊密な関係を結び、さまざまな面で大衆の意見を効果的に封じ込めてきた。

ニシムラを長とする君主統治復権会(『Society for the Restoration of Sovereignty』の再訳)のような団体は、一握りの主導者によって運営され、クジライルカ漁を海洋生物保護の立場から制限または禁止しようとする国際社会の批判に対立する態勢を取っている。その主張を喧伝する数々のラリーで、団体の会員はイルカ漁は日本の誇りある伝統であるとして、西欧人の誹謗に対抗すべく『ザ、コーヴ』の上映中止を目標に掲げた。


「もしお前達(映画館主)が日本の国を誇りに思っているなら、この映画を上映するな」と、ニシムラ横浜ニュー・シアターの前でラウドスピーカーを使って呼びかける。約50人の会員がその言葉に和してプラカードや日の丸の旗を振りかざし「お前達は日本人の魂を毒するつもりか?」


記録映画『ザ、コーヴ』の画面に映る和歌山県太地村(たいぢむら:左の地図参照)でのイルカ漁の光景は、おおむね隠し撮りによるものである。テレビのシリーズ番組フリッパー(Flipper)』のためにイルカを調教したリック・オバリィ(Ric O’Barry)に同調する海洋生物保護の運動家たちは、人里離れた入江(ザ、コーヴ)で、殺伐なイルカ漁を目撃した。数頭を除いた残りのイルカは銛(もり)で刺し殺され、入江の海水はその血潮で真っ赤に染まった。

運動家たちが告発する『殺戮』の実態は、選ばれたイルカは水族館に売られ、殺されたイルカの体内には基準を超えた水銀含有量を示し、その肉が近隣の市場へ卸されているとのことである。

産業としての捕鯨は、1980年代の半ばから国際的に禁止され違法と見なされるようになった。しかし、その法規はイルカのような小型の哺乳動物には適用されていなかった。漁業庁( the Fisheries Agencyの再訳)の統計によると、日本では、年間約1万3千頭のイルカが捕獲されているということだ。その内約1千750頭が太地町で捕獲されたものである。それらはボトルノーズ(bottle-nose dolphin)という種類で、今のところ不幸にして絶滅危険種には指定されていない。


この映画は、アメリカでも騒がれたが日本でのそれと些か趣きを異にしていた。映画の受賞はさておいて、偶然、同時期にカリフォルニア州サンタ・モニカ(Santa Monica)の日本料理店が絶滅の保護種に指定されていたクジラの肉をメニューに載せていたことで摘発された。店主は謝罪すると同時に自主的に閉店した。さしづめ彼は責任を重く感じて『切腹』したことになるようだ。


言論の自由を支持する人々は劇場映画館に、右翼の圧迫に怖れずルイ・シホヨス(Louie Psihoyos)製作記録映画
『ザ、 コーヴ』を上映するよう呼びかけている。多くの日本人はイルカ漁が国内で行われていることすら知らない。いわんや、イルカ肉を食べるなど考えてもみたことのない人々が大半である。知識人たちは、今こそ一般大衆がイルカ漁の是非を討論する時である、と言っている。

少数の番外ビジネスが右翼の圧力に抵抗している。インターネット・サービス会社ニワンゴ(Niwango)がネット上で無料公開し、2千人が見たということだ。

6月の初め、ニシムラの団体がウェブサイトで上映反対の警告を発した後で東京中心地の2館の前でデモをかけ、3館が上映を中止し、他の23館がいずれにするか考慮中とある。目下、どこでも上映していない。

横浜ニュー・シアターの管理人ハセガワ・ヨシユキ「勿論私は(圧力に屈するのは)不愉快です。でも近隣の人々への影響を考えたら、、、」と映画の上映を無期延期とした。


同映画が、日本でヒットする作品になるとは評価されてはいなかったが、企画者たちは今上映不可能になるのではなかろうかと嘆いている。配給元のカトウ・タケシ社長「私がこの映画を試写会で見た瞬間、これは日本人が是非観る必要があり、深く考えさせられる問題だと直感し、映画人としての使命を感じました」と告白している。

2年前、国粋主義者たちが抗議を唱えて上演中止にこぎ着けた映画があった。中国人の映画製作者が作った記録映画『やすくに(the Yasukuni:靖国神社)』だった。論争の的は『国のために』戦争で死んで靖国神社に祀られた人の中に戦争犯罪人が含まれていたこと、南京虐殺の事実を認めるか認めないか、などに集中した。


作家で映画監督でもあり、右翼の活動や、それに易々と屈した劇場側を公けに批判するモリ・タツヤ「誰もが(右翼を)すっかり怖れています。日本人は直ぐに『最悪の事態』を予想する傾向があります。でも、相手がごく一部の少数だってことを忘れているのです」と言い切る。


大衆の恐怖は、その昔一時期の暴力時代に根ざし、それが一部の異常なできごとでも全国民の胸中に深く刻み込まれているようだ。1960年(昭和35年)社会党の浅沼稲次郎右翼青年に短刀で刺し殺された事件があり(右の写真)、その一年後、皇室家族のあり方を皮肉った記事を発表した中央公論の社長が襲撃されたことがある。

2006年には、時の首相小泉純一郎が靖国神社を参拝してことを批判した一国会議員の家が、右翼の一人に放火され焼失した。同年、天皇の靖国神社に関する思いを記事にした日経新聞の社屋に、右翼団体が火焔爆弾を投げ込んだ。


こうして右翼団体の最近のキャンペーンが前述した上映妨害なのだが、一方、ニュース媒体が上映困難を報道するに従って、大衆の『映画』への興味あるいは好奇心が日毎に上昇していった。先週、言論の自由を守る団体が主催した一回限りの『ザ、コーヴ』上映、という会場に700人以上の観客が長蛇の列を作った。約100名が、満員札止めで入場できなかった。


観客の一人、埼玉から来た53才のイイジマ・タマキ「映画を見られてよかった。私たちが『臭いモノに蓋』をする社会に生きていることが判りました。それ(臭いモノ)を知ることは、大きな第一歩です」と感慨を洩らしていた。

2010年6月26日土曜日

ドラゴンの刺青のある女

志知 均(しち ひとし)
2010年6月25日
スリルのある小説はないかと探していたら、米文学教授の友人から最近話題になっているスティーグ・ラーソン(Stieg Larsson) の三部作、The Girl with the Dragon Tattoo』;『 The Girl who played with FireThe Girl who kicked the Hornets nestをすすめられた。

この小説の主人公であるリスベス・サランダー(Lisbeth Salander)は身長5フィート(約152センチ)足らずのやせた女性で背中にドラゴンの刺青(いれずみ)をしている。自閉症のため社交性はゼロ。学校教育も不十分で皆に知能が低いとみられている。ところが実際はIQがきわめて高く、数学の問題を解くのが趣味でコンピューターを駆使するのはプロ以上にできる。

小説の「さわり」を紹介しよう。

The Girl with the Dragon Tattooは、40年前に消息不明になったスエーデンの大実業家の孫娘を、サランダー(Salander)と彼女を助手にやとったジャーナリスト、ブロムクヴィスト(Blomkvist)が一緒に探す話だが、女性連続殺人事件や、その実業家の会社の経営危機がからんでくる。ブロムクヴィストは殺人犯を追い詰めるが、殺されそうになるところをサランダーに助けられる。三部作の第一部はそれだけで話が完結している。

それに対しThe Girl who Played with FireThe Girl who kicked the Hornets' Nestは続きものになっている。ブロムクヴィストが発行人になっている雑誌ミレニアム(Millennium)の記者が外国人売春婦を不法入国させる組織を調べているうちに、何者かに殺されるのが事件の発端。凶器にサランダーの指紋がついていたことから、サランダーは警察に追われる身となる。ブロムクヴィストサランダーの無実を信じて調査をはじめる。

話がさかのぼるが、サランダーの父親ザラチェンコ(Zalachenko)はソビエトからスエーデンへ亡命したスパイで、スエーデン秘密警察がかくまってきた。この秘密警察には知られざる憲法違反行為がいくつかある。ソビエト崩壊後は旧スパイとして価値がなくなった ザラチェンコはスエーデン国籍をもらうが、麻薬や売春中心の犯罪組織を作る。ミレニアムの記者を殺した犯人は誰か?サランダーは無 実か?秘密警察の憲法違反行為は暴露されるのか?

ボクシングできたえた
サランダーの動きは敏捷で、その行動は アンジェリナ・ジョリー (Angelina Jolie)演ずる『Tomb Raider』のララ・クロフト(Lara Croft)を思わせる。ラーソンの三部作はスパイ小説ではないが、ジェーソン・ボーン(Jason Bourne) が活躍するロバート・ルドラム(Robert Ludlum) の小説に匹敵するくらいのスリルと面白さがある。日本語訳も出ているということだが、各部ともポケットタイプの上下2冊づつで計6冊になる。英語訳は三部3冊とも出ているので、いずれを選ぶとしても、この夏の読み物としておすすめする。

著者について一言。今春5月にTime誌にのった記事によると、スティーグ・ラーソンは三部作の原稿を出版社に渡して6ヶ月後の2000年11月のある日、彼が主宰する反ファシズム雑誌の事務所へ行くため7階の階段を登ったところで心臓麻痺をおこして50歳で急死した。三部作がベストセラーになることも知らずに!(右はラーソンの伝記本の表紙、左はラーソンの肖像スケッチ)

人口900万のスエーデンで350万部。フランスではハリー・ポッター(Harry Potter)以上の売れ行き。ヨーロッパ、イギリス、アメリカでベストセラー。スエーデン製の映画The Girl with the Dragon Tattooはアメリカの映画館でも最近上映された。ハリウッドはアメリカ版の映画を目下製作中。

本や映画からの収入は1億ドル近くになると予想されていが、誰が相続するのか?まずスティーグ・ラーソンとは生前不仲だった父親が相続権を主張している。一方ラーソンには、結婚してい ないが32年間寝食を共にした実際上の妻、エヴァ・ガブリエルソン(Eva Gabrielsson)がいる。(スエーデンでは結婚すると住所を公表しなければならない。反ファシズムの運動家である ラーソンはお互いの身の安全のため結婚しなかった。) 現在ガブリエルソンラーソンの親族との間で相続裁判が起きている。

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スティーグ・ラーソンの本を購入なさりたい方は下記からお選びください。

アメリカ在住の方
The Girl With the Dragon Tattoo
The Girl who Played with Fire
The Girl who Kicked the Hornets' Nest

日本在住の方で英語訳をご希望の方
The Girl With the Dragon Tattoo
The Girl who Played with Fire
The Girl who Kicked the Hornets' Nest

日本在住の方で日本語訳をご希望の方
 ミレニアム1『ドラゴン・タトゥーの女』上、下
 ミレニアム2『火と戯れる女』上、下
 ミレニアム3『眠れる女と狂卓の騎士』上、下

2010年6月25日金曜日

68年目の卒業式

収容所送りで学業が中断された二世たちに卒業証書を授与

年老いた日系米人の二世たちにとって、今年の卒業シーズンは我が生涯で最高に輝かしい日だった。

ご承知のことと思うが、1941年12月8日(日本時間)、日本海軍が真珠湾を攻撃し、日米が戦争に突入した。それが口火となり、在米の日系人、その子供達の二世は敵性国民と目され、排日の気運が最高潮に達した。特に西部沿岸に住む日系人たちへの風当たりは異常で、時の大統領フランクリン・ルーズヴェルト(Franklin D. Roosevelt)を動かし、大統領令(Executive Order)9066が署名された。そのの布告に該当する日系人全て、12万人近くが家屋や財産を放棄させられ、全米10カ所の人里離れた奥地に急造成した収容所に隔離された。(その告令の施行に関する全貌は、拙著、還らない日本人(日本語)』、とA Passage Through SEVEN LIVES(英語)』に詳しく記述してある。高橋 経)


今日の話題は、その排除された日系人12万人に含まれていた、当時学生だった日系二世たちのことである。当然の成り行きとして、学生たちは例外なく学業放棄を余儀なくさせられた。夢多き青春を突然に切断され、いずれも痛恨と絶望の極みだったに違いない。


カリフォルニアの4都市に校舎が所在するカリフォルニア大学理事会(UC Board of Regents)では、当時の法令を守り、日系二世の学生に学業証明書などの発行を永年停止していた。だが昨年、理事会でその『停止令』を破棄し、学業放棄を余儀なくされていた日系二世学生たちに、改めて『名誉学位』を授与することが決議された。


後日、カリフォルニア州知事アーノルド・シュウォーツネガー(Arnold Schwarzenegger)がその
停止令無効の案件に署名した。かくして、遅過ぎたきらいはあったが、悪法令を改正しないよりは遥かにマシな良い結果をもたらした。

それは、『青春の夢』を諦めていた二世たちにとって、この上もない朗報であり『贈り物』であった。


一口に68年と言ったが、二世たちにとっては長い長い年月ではあった。今日までに死亡してしまった二世の数は少なくない。生存している二世たちは90才前後、年老いて足腰が不自由な人々、病気療養中の人々など、『証書』の授与式に参列できた二世の数は限られていた。それだけに、彼らの歓びは一方ではなかった。

その感慨を雄弁に物語る彼らの表情をご覧いただきたい。忍耐の生涯を過ごした日系米人たちに、心から「おめでとう」と申し上げる。


学位取得者の内訳(姓名は全て入手してあるが省略。)

■ カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkley)131
■ カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)71
■ カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UC San Francisco):70(死亡者7名を含む)

■ カリフォルニア州立大学フレズノ校(California State Univ. Fresno)27

■ サンフランシスコ州立大学(San Francisco State Univ.):19
■ サンノゼ州立大学(San José State Univ.):17(死亡者5名を含む)
■ カリフォルニア州立大学ドミングエツ・ヒルズ校(California State Univ. Dominguez Hills):2
■ カリフォルニア工芸学校、サン・ルイス・オビスポ(Cal Poly San Luis Obispo):11
■ パサデナ市立専門学校(Pasadena City College):30(死亡者13名を含む)
■ サクラメント市立専門学校(Sacramento City College):60

■ フラートン専門学校(Fullerton College):4

■ ミラ・コスタ専門学校(Mira Costa College):3

■ ベィカースフィールド専門学校(Bakersfield College)12

■ サン・マテオ専門学校(College of San Mateo):40
■ エル・カミノ専門学校コンプトン・センター(El Camino College Compton Center):6


記事はパトリック・マクドネル(Patrick McDonnell)、ロサンゼルス・タイムズ紙(The Los Angeles Times)、パシフィック・シティズン紙(Pacific Citizen)より抜粋。 写真は主にUCLA校でアーファン・カーン(Irfan Khan)が、その他はペグ・スコーピンスキィ(Peg Skorpinski)、他による撮影。

2010年6月23日水曜日

人生への貴重な忠告

クリス・クリストファーソン(Kris Kristofferson)は、カントリー歌手というより、映画俳優として知られています。今年73才、まだ出世前だった頃の逸話をお伝えします。筆者はダン・ディリー(Dan Daley)、最近のAARP誌に掲載。

最新の映画プロヴィンシズ・オブ・ナイト(Provinces of Night)』に出演しているクリス・クリストファーソンが、波に乗って売り出したきっかけについて話そう。1965年、28才だったクリスはナッシュヴィルの録音スタジオ(Nashville recording studio)で掃除夫をしていたが、機会があってウエスト・ポイント(West Point: 士官学校)で教官の地位に就いた。その時、彼の上司であった指揮官(commanding officer)から「たとえ現在の境遇が安定していたとしても、自分が本心から進みたい道を歩むがよいと言われた。

(この随筆には書かれていないが、クリスは当然その忠告に従ったに違いない。)


現在73才になるクリスは、その賢明な忠告を、8人の子供たちと7人の孫たちに自分自身に対して忠実であれと語り継いでいる。

2010年6月17日木曜日

イルカ:その余談

高橋 経(たかはし きょう)

ジャック・クゥストウ(Jacques Cousteau)といえば、世界中の海洋を航海し、海洋生物の生態を撮影し、ドキュメンタリー映画を製作したことでよく知られている。1910年6月11日にフランスで生まれた、というから黒沢明と同年で、今年生誕100年を記念したことになる。

1930年代の半ばに防耐水カメラを使用した先駆者で、以後1990年代まで、機材に改良を重ねながら水中撮影に生涯を捧げた。クゥストウ・チームが創った初期の小作品難破船(なんぱせん、又は沈没船:Epaves/Wrecks)』は、カンヌ映画祭で受賞。数年後、第二次大戦中に水雷を取り除く掃海艇の払い下げを入手し、それを改造してカリプソ(Calypso)』号と命名し、撮影航海に役立てた。

1956年に、ルイ・マァル(Louis Malle)と共同製作した長編記録映画沈黙の世界(Le mode du silence/The Silent World)』は、カンヌ映画祭で受賞した他、アカデミー賞のドキュメンタリー部門でも最高賞を獲得した。

その後も数え切れないほどの賞を次々と受けたが、アメリカではジャック・クゥストウの海底の世界(The Undersea World of Jacques Cousteau)』シリーズがCBS、ABC、PBSなどの全国ネットワーク・テレビ網で放映され、巾の広い視聴者を獲得し、いやが上にもその名声は高まった。その後も活動を続け、1997年6月25日87才で亡くなる直前まで次の企画を練っていた。

クゥストウは、映画作りの傍ら、海洋動物保護運動にも積極的に貢献していたことでも知られている。

今回は、そのクゥストウの作品の内、イルカの音声(A Sound of Dolphins: 1967作)』の後半で紹介さ
れていた話題をお届けする。前々回のイルカ:食うか食わないか?と前回のイルカ:食うか食わないか;追記に関連している点にご留意いただきたい。

『イルカの音声』では、クゥ
トウ・チームが科学者の協力を得て、イルカはその甲高い鳴き声で仲間とのコミュニケーションをしていることを突き止めた。その後、アフリカの沿岸の漁村に立ち寄った。

その漁村の住民はアマラガン族(Amarragan)で、彼らは古代からの伝承、イルカの助けで魚を捕える習わしがあった。

村民はイルカが現れるのを心待ちにし、水面を叩いて、魚が跳ねるような擬音を出し、イルカを引き寄せようと試みる。

村民の長老達は、イルカが来るようにと神に祈りながら遠い水平線を見つめる。

「きたぞー」誰かが叫ぶ。確かにイルカの群れが押し寄せて来た。

若者たちは網の用意をする。緊張と期待の一瞬。

ボラの大群イ ルカに攻められ、浅瀬に追い詰められる。時は今!

文字通り、一網打尽。

大漁。

歌え、踊れ、イルカよありがとう
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2010年6月16日水曜日

イルカ:食うか食わないか;追記


高橋 経

最近の報道によると、ドキュメンタリー映画ザ、コーヴ(The Cove)』に抗議し、その上映に反対する人々に屈し、全国の映画館が次々と公開を取り止める方向に向かっているようだ。一体、日本の民主主義はどうなっているのだろうか?『言論の自由』が失われつつあるのだろうか?

上映反対の理由に耳を傾けてみた。

「文化の違いや、反対意見はあってもいいが、この映画は一方的で紳士的ではない」という声があった。この発言には矛盾がある。映画はドラマにしてもドキュメンタリーにしても、基本的に制作者の主観に基ずくもので、その人の感情や思想が作品に反映するものである。この抗議者は「反対意見があってもよい」と認めておきながら、映画制作者の主観を『一方的』と極め付け、『反対意見』は見たくも聞きたくもないのだろうか。

「内容が反日的だ」という声があった。ザ、コーヴはイルカを殺戮し、食用に供する行為』を批判したのであって『日本』を批判したのではない。その伝統的な習慣を継承していたのが、たまたま日本の一漁村だったからといって、映画を『反日的』だとするのは短絡的で単純に過ぎるのではなかろうか。

◆すでに前回で言及したが、現地、太地町(たいぢまち)の町長と漁業協会の組合長が共同声明で「イルカ漁は県の許可を得て適法、適正に行っている」と、映画のイルカ漁告発を不当であるとした声があった。加えて「映画は虚偽の事項を事実のように表現している」と不満を洩らし、「地域の伝統を理解して尊重すべきだ」と要求していた。ならば、『臭いものに蓋(ふた)』をせず、『ザ、コーヴ』に挑戦し、真実の太地町の実態を映画にして発表したらよいではないか。それができないなら、内心では矢張り同町のイルカ漁の伝統を恥じ、後ろめたい思いがあるに違いない。

日本におけるイルカ漁の実態:「古式捕鯨発祥の地」を表看板とする太地町をはじめ、全国各地にイルカ漁の長い歴史と文化がある。農林水産省の海面漁業生産統計調査(2008年)によ ると、全国の漁獲量は9082頭。過去20年間で約4分の1に減少した。都道府県知事の許可で漁ができ、和歌山県の他には、北海道、青森、岩手、宮城、千葉 、静岡、沖縄の各県が許可されている。

前回のコメントを繰り返すが、世界中の大半の人々から愛されているイルカという動物を、「伝統だから」とか「県の適法だから」に頑なにこだわって固執せず、世情の移り変わりに順応して『保護派』に転向するだけの勇気と柔軟性を持っても良いのではなかろうか。『負けるが勝ち』という言喭(ことわざ)がある。そうしたら太地町は世界中から、その勇気に対して絶賛されるであろう。


最後に、朝日新聞、天声人語子の評論
人の掟(おき て)』をご参考のためお伝えする。  

野生動物の幸不幸は、人間にどう見られるかでだいたい決まる。『賢い愛敬者(あいきょうもの)』のイルカには漁をとがめる映画ができ、いっぺんにらまれた種は最悪の天敵を抱える羽目になる。どうかすると末代まで▼野生復帰に向けて訓練中のトキ9羽が殺された件で、容疑のテンが佐渡島のトキ保護センターで捕まった。「犯人」 かどうか、毛のDNAを照合中という。あの惨劇で、テンは天然記念物を食い散らす乱暴者の烙印(らくいん)を押されかけている▼佐渡のテンは、林業の害に なる野ウサギの天敵として本土から持ち込まれたもの。小欄はこの小動物に思いを寄せつつ、「ウサギを食べたら益獣、トキを殺せば害獣という『人の掟(おき て)』に小首をかしげていることだろう」と書いた▼本能に従う獣たちを、人の都合で善悪に分ける身勝手。自然を愛し、トキ復活に汗を流す人たちなら、とうに承知のことらしい。憎かろうテンにイモやリンゴを与え、動物園などの引き取り先を探しているという。温情判決である▼「害獣」といえば先般、田畑を荒らす イノシシやシカを食用にする動きを喜んだところ、「動物こそ乱開発の被害者」、「傲慢(ごうまん)だ」との声が寄せられた。むろん殺生は必要の限りとすべきで、どうせ駆除するなら、ありがたくいただこう、という趣旨である▼いっそのこと、人と動物、人と自然といった対立軸を捨ててはどうだろう。私たちは「ジグソー・パズル地球」の遊び手ではなく、大きめの一片とわきまえたい。おごらない共生の視点から、人がこの星に招いた災いの出口が見えてくる。

2010年6月14日月曜日

イルカ:食うか食わないか?


高橋 経(たかはし きょう)

日本の漁業運営方針や日本人の食生活が、外国人、特に西欧人の関心の的になってから久しい。その関心とは、好意的なものと批判的なものに分かれるが、大方は批判的である。その理由は、乱獲による種族の絶滅を怖れ、保護対策を強化すべきだ、という意見による。

だが、最近問題になったイルカの保護を訴えたザ、コーヴ(The Cove)』なるドキュメンタリー映画を巡る論議には、いささか従来の様相と違ったニュアンスがある。『ザ、コーヴ』を簡単に叙述すると:和歌山県、太地(たいぢ)町で400年続く伝統となっているイルカ漁の実態を克明に追い、捕獲された中からショー用のイルカを選び、選ばれなかったイルカは食用に供され、またイルカ肉を鯨肉と偽って密売される商習慣があり、その上、肉からは2000 ppmという高値の水銀が検出されている、といった内容である。(左上は、観光客向けのショーで宙返りをするイルカ:和歌山県太地町で。AP ★映画の予告編は最下段のリンクをクリックするとご覧になれます)

朝日新聞の天声人語』子は、問題の映画には触れず「、、、町民に中毒症状はないというが、世界保健機関(World Health Organization: WHO)の安全基準を超えた人々が43人もいた▼鯨やイルカを食べる習慣と水銀の「腐れ縁」が、大がかりな疫学調査で確かめられた形だ。鯨は食物連鎖の一大ターミナル。その先にある人間と いう終着駅には、滋養も毒も流れ着く。この限りで、反捕鯨団体の警告には理がある、、、」と警告していた。

先ず『ザ、コーヴ』に対する反応をインターネットで調べてみた。圧倒されたのは、私が覗いた時点で、9万5千600点のサイトが浮かび上がり、それぞれが意見を発表していたことだ。勿論全てを読むのは不可能に近い愚行なので、最初の20点ほど読んでみた。殆どが日本人からの発言で、涙が出るほど感激した傑作と絶賛していた一点を除いて、その他は『ザ、コーヴ』反日志向だとした激しい反発であった。要約すると、「イルカを食べる日本人を非難する映画製作者は、牛や豚なら食べてもいいと言うのか」という感情的な開き直りが圧倒的だった。また、イルカ保護の理由を制作者に糾し、「最も知性の高い動物だから」という説明に反発し「では知性のないバカは、人間でも殺していいのか」といった詭弁的な怒りも見られた。(右上の写真は、受賞したルイ・シホヨス監督:Louis Psihoyos: 左から二人目=AP)

『ザ、コーヴ』が、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門で受賞したことに ついて、和歌山県太地町の町長と同町漁業協会の組合長は「漁は県の許可を得て適法、適正に行っている。作品は科学的根拠に基づかない虚偽の事項を事実であるかのように表現しており、授賞は遺憾だ。さまざまな食習慣があり、地域の伝統や実情を理解した上で相互に尊重する精神が重要だ」 とするコメントをそれぞれ発表した。(毎日新聞6月4日付けの記事から)

さて、こうした甲論乙駁を冷静に観察してみると、双方ともに自己の主観を固持したまま、相手の考えに耳を傾けて理解しようという姿勢が全くみられないことに焦燥を感じないわけにいかない。

私は日本で生まれ育った極く平均的な昭和ヒト桁の日本人である。衣食が極端に不足していた時代に成長期を過ごし、クジラ肉を食べ、クジラ革の靴を穿いていた。しかし、イルカを食べる習慣があることについては、この年になるまで全く知らなかった。だからといって太地町の伝統を非難する気はないし、イルカを食べてみたいとも思わない。

私が先ず映画製作者に言いたいのは、イルカを食べる習慣は日本でも珍しい伝統であることを映画の中で明確にしておいてもらいたかったことが一つ。もう一つは、イルカを保護するのは『知性が高いから』というより、イルカが人懐っこく、世界中で多くの人々に愛されているからであることを強調すべきだったと思う。

次に、『ザ、コーヴ』を糾弾し、公開を阻む人達には、映画製作者の意図を理解する寛大さがあって欲しいと願う。確かに我々は、何の罪悪感も感じることなく牛肉、豚肉、トリ肉、魚肉を食べている。しかしその反面、イルカを食べない理由も考えてみる必要があろう。先ず保護なしでは絶滅の恐れがある生物であること。次に水銀の含有量が異常に高いことで人体に危険がないという保証が全くないこと。そして、最後に、世界中の大半の人々から愛されているイルカという動物を、「伝統だから」とか「県の適を適に守って」に固執せず、世の移り変わりに順応して保護派に転向するだけの柔軟性を持っても良いのではなかろうか。

イルカを食べなければ太地町の人々が餓死してしまうのなら話は別だが。
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『ザ、コーヴ』の予告編

2010年6月6日日曜日

それは知らなかった!

これはクイズではありません。パズルでも冗談でもありません。政治にも宗教にも関係ありません。そして「それは知らなかった!」といっても恥ずかしいことではありません。「本当かしら?」と疑いたくなるような事実ですが、「なるほど」と納得して頂ければ結構です。(ジョセフ・グレィ: Joseph Grey Jr.から転送)

アラスカ州(Alaska): アラスカ州の海岸線の長さは、アメリカ全土の海岸線の長さの半分以上を占めている。

アマゾン(Amazon): アマゾンの熱帯雨林は、世界中の森林から発散する酸素の20パーセントを放出している。また アマゾン川が大西洋に放水する量は膨大で、河口から160キロ径の海に淡水が広がっている。全流域の水量は、世界で2位から8位までの大河の水を合計した量よりも多く、アメリカ全土の川の水量の3倍もある。

南極大陸(Antarctica): 南極大陸はこの地球で唯一の無国籍、つまりどの国にも所属しない大陸である。その凍った大陸は世界の氷土の90%を占める。また世界の淡水の70%を保有している。異様に聞こえるかもしれないが、科学的には地質は『砂漠』である。年間の降雨量は僅か5センチしかない。その表面の99.6%が氷で覆われているにも拘らず、絶対湿度はゴビの砂漠より低く、地球で最も乾燥した大陸である。

ブラジル(Brazil) ブラジルの国名は、豆の名に由来する。その逆ではない。

カナダ(Canada): カナダには世界中の湖の数より多くの湖がある。『カナダ』とはインデアン語(原地人語)で『ビッグ・ヴィレッジ(Big Village:大きな村)』という意味。

シカゴ(Chicago) シカゴには、ポーランドの首都ワルシャワに次いで世界中のどの都市よりポーランド人の人口が多い。

デトロイト(Detroit) ミシガン州デトロイト市のウッドワード・アヴェニュー(Woodward Avenue)は、世界で最初に『舗装された』道路である。

シリアのダマスカス(Damascus, Syria) シリアのダマスカスは、ローマが繁栄した西暦紀元前753年から、更に2000年ほど遡って繁栄し、今日なお栄えて存在する最古の都市である。

トルコのイスタンブール(Istanbul, Turkey) トルコのイスタンブールは、アジアとヨーロッパ、二つの大陸にまたがっている世界で唯一の都市である。

ロサンゼルス(Los Angeles)『ロサンゼルス』という名は本来『El Pueblo de Nuestra Senora la Reina de Los Angeles de Porciuncula』を簡略にし、更にその3.63%に縮小したのが『L.A.(エル・エイ)』である。『ロス』は日本的な省略で、日本人の間でしか通じない。

ニューヨーク市 (New York City): ニューヨーク市を『ビッグ・アップル(The Big Apple)』と呼び習わしたのは、1930年代の巡業演奏家たちで、『アップル』とはどこの市町村でも指す代名詞だった。従って『ビッグ』はビッグ・タイム(素晴らしい時)、ビッグ・バンド(大編成の楽団)の『ビッグ』に関連する。 ニューヨークには、本場のダブリン(Dublin)より多くのアイルランド人が、ローマより多くのイタリア人が、イスラエルのテル・アヴィヴ(Tel Aviv)より多くのユダヤ人が住んでいる。

オハイオ州の湖: オハイオ州にある湖は、全てが人工湖で、天然の湖は一つもない。

ピトケアン島(Pitcairn island) ポリネシアにあるたった4.53平方キロという世界最小の島国。

ローマ(Rome) 西暦紀元前133年に、史上初めて人口100万人に達した都市。『ローマ』という名の都市は各大陸に存在する。

シベリアの森林 (Siberia, Russia) シベリア大陸には世界中の森林の25%が存在する。

ソボリン・ミリタリー・オーダー・オブ・マルタ (the Sovereign Military Order of Malta: S.M.O.M) 世界で最小の君主国家で、イタリアのローマ市内にあるが、2001年の統計では、テニス・コートが2面、人口80名、ヴァチカン市より20名少なかった。ヴァチカン市同様、国際法に準拠し、君主国家として認められた。

サハラ砂漠(The Sahara Desert): サハラ砂漠の中に、アルジェリアにティディケルト(Tidikelt , Algeria)という名の街があり、過去10年間、雨が一滴も降っていない。理論上、地球で最も乾燥した場所ということだが、実際には南極のロス島(Ross Island)近くの峡谷が最も乾燥している。200万年も雨が降っていないからだ。

スペイン(Spain): 『スペイン』という言葉は『ウサギの土地(the land of rabbits)』という意味である。

ミネソタ州、セント・ポール(St. Paul, Minnesota): 『セント・ポール』という都市の名は『ピエール「豚の目」パラント(Pierre ”Pig's Eye” Parrant)』という名の男が営業を始めたことが由来となっている。

道路事情アメリカで非舗装道路の割合いは道路全体の1%;ちなみにカナダでは0.75%。

ロシアの大穴: ロシア、コラの超深層の掘削穴(The Kola Superdeep Borehole)は、世界一深く、12,261メートルの地下に達した。本来、科学的な目的で掘り始めたのだが、ある地点で膨大な水素の蓄積層に出会い、土が沸騰していたので断念せざるを得なかった。

滑走路にもなる高速道路: アイゼンハワー州間高速道路システムは、5マイル毎に1マイルの直線道路箇所を設けることを規則付けられている。戦争その他、緊急事態に当たって、飛行機が発着でき得る状況を想定してのこと。

世界最高の大滝: ヴェネゼラ(Venezuela)の『エンゼル滝(Angel Falls)』は世界最高で、979メートルの高さから水が落下する。ナイアガラの滝(Niagara Falls)の15倍の高さである。