万能薬(PANACEA)
志知 均(し ち ひとし)
志知 均(し ち ひとし)
2010年5月


ヒトの病気は感染性のものと非感染性(遺伝病,内臓の故障など)の ものに大別できる。非感染病を『くすり』で全治するのは難しいが、感染病の多くは現在の医療技術で 全治可能である。20世紀半ばに抗生物質が発見されてからはバクテリアに よる感染病は恐くなくなった。しかし、世界各地に広まったブタ・インフルエンザ(H1N1)のよ うなビールス病は抗生物質 が効かないので恐慌をきたす。(ビールスは核酸とタンパク質 と脂質でできた高分子化合物で生物ではないから抗生物質は効かない。)特定のビールス病を予防する『くすり』はワクチン(Vaccine)しかない。

イギリスの田舎の開業医だったエドワード・ジェンナー(Edward Jenner)は、ウシ痘(Cowpox)に かかった乳搾りの女性患者から、一度ウシ痘にかかると、ヒト天然痘(Smallpox)にかからなくなると言われていたこ とを知る。調べてみるとその通りなので、確かめるために実験をした。ウシ 痘患者の手から採取した痘膿を8才の男の子の腕に注射し、6週間後にヒ



現在の免疫 学からみれば、ジェンナーの場合はウシ痘のビールスと天然痘のビールス(共にPoxvirusと呼ばれる)が似ているため、ウシ痘ビールス接種でできた抗体が、天然痘ビールスを不活性化して発病を防いだのであり、パスツールの場合は毒性の弱まったコレラ菌(抗原)に対してできた抗体が 同種で毒性のあるコレラ菌を不活性化したと解釈できる。



しかし、新薬が広く使われるようになったとしても、ひどい副作用のケースが出ると生産中止になり兼ねない。(メルク社が開発した関節炎の特効薬ヴァイオックス(Vioxx)は、心臓発作や脳卒中 などの副作用を起す危険があるとして販売が中止された。)

従来のワクチンは、弱毒性あるいは不活性にした病原体を使用したが、これに代わる新しいワクチンも開発されている。その一つが『DNAワクチン』。HIVやH1N1ビールス のように突然変異を起こし易いものは安定なワクチンになり 難い。しかし、ビールスの蛋白部分で変化しない部分もある。その部分の情報をになう核酸の部分を、DNAとして大量に作り、それを 接種して体に抗原蛋白を作らせ、更にそれに対する抗体を免疫系につらせようというもので、特性が高く、安定で製造コ ストも低いので大いに期待されている。
ここまで書いてき たワクチンは主として予防ワクチンだ が『治 療ワクチン』の開発も進んでいる。治療ワク チンとは既に病気になった細胞や組織に特異的に現れる抗原蛋白を標的 にするもので、たとえば癌細胞の表面にある蛋白とか、自己免疫病の発現に関係する免疫細胞に特異的な蛋白が標的になる。老人性脳障害(Alzheimer’s, パーキンソン氏病Parkinson’sなど)は脳 神経細胞の作用が、異物の蓄積で異常になるのが原因で起きることが多いから、それを起こす蛋白が確定されれば、その蛋白を標的にしたワクチンで治療できる。
更に研究が進めば、心臓病や糖 尿病の治療、アルコールや薬物(Drug)依存症の治療、妊娠中絶、老化防止などに有効なワクチンができるかもしれないが、ワクチンが万能薬(Panacea)になるかどうかは将来の課題 である。
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