志知 均(しち ひとし)
ミシガン州ブルームフィールド・ヒルズ市
2009年9月12日
ミシガン州ブルームフィールド・ヒルズ市
2009年9月12日
オバマ政府は、金融機関や自動車産業その他の救済に多額の国費を投じ、同じような危機が二度と起きないように規制を進めてきた。その規制は個人主義に基ずく自由経済の発展を阻むようにみえる。また健康保険を持たない市民や医療費の個人負担が限界にきている市民が増えている現状に対処するため、政府主導の『国民健康保険制度』を改正して法案化しょうと全力をあげている。オバマ政府のこの政策は『社会主義』的で保険業界の競争や個人の選択の自由を抑圧すると批判の声が出てきている。この場合、社会主義という言葉は「政府という権力集団による個人の支配」という意味で使われているようだ。アメリカは本当に社会主義社会になりつつあるのだろうか?
個人主義と社会主義、つまり個人の自由と集団による統制の問題は政治レベルで議論するより生存本能と関係がある生物の個と集団の問題として考えた方が気持ちが楽である。
例をあげて説明しよう。蛍光菌(けいこうきん pseudomonas fluorescens)というバクテリアは、十分酸素のある培養液中では単独行動しているが(右の写真の左)酸素濃度が減ってくるとお互いに粘液重合物質を分泌して大きな円盤状の『浮き袋』を作り集団になって(右の写真の右)酸素濃度の高い水面へ浮上してくる。
またキイロタマホコリカビ(dictyostelium discoideum)というアメーバは、土の中に十分食料があれば単独細胞として生活しているが(左の写真の左)食料不足で飢餓状態になると、集まって多細胞の胞子をつくり(左の写真の右)地上へ出てくる。風や鳥によって胞子が十分食料のある場所へ運ばれると再び単細胞として行動する。
最近報告された例でサバクトビバッタ(schistocerca gregaria: 砂漠飛蝗)は、食料が十分あれば緑色で単独行動をしているが(右の写真の左)食料が不足すると黒色になり(右の写真の右)食料をもとめて集団で飛行する。この場合、興味があることには黒に変色したバッタの体内には単独行動を抑制するセロトニン(serotonin: 神経伝達脳物質)という物質の濃度が高くなっている。
こうした単独行動から集団行動への移行は、単細胞生物や虫に限らず、進化したあらゆる段階の動物にもみられ、共通しているのは、環境が豊かであれば(十分な食料、外敵から安全など)『単独行動』し、生存が脅かされると『集団行動』へ移る点である。
話を戻してアメリカ人の個人主義について考えて見よう。それは当然、ヨーロッパ特に産業革命後にイギリスで興った近代個人主義に由来するが、フランスのアレクシス・ド・トクヴィル(Alexis de Tocqueville: 1805~1859:左の写真)が『アメリカの民主政治(Democracy in America:1835)』で書いているように、新大陸(アメリカ)の個人主義は、19世紀のパイオニア精神によって培われた独特のものである。ド・トクヴィルは、その民主主義は自由と平等、個人と社会とのバランスの上に成り立つもので、一人一人の市民(個人)が共通の目的のもとに団結してヨーロッパの貴族社会とはちがった市民社会(Civil Society)を作っていると洞察した。
1920-30年代の大恐慌の時や世界大戦で、ドイツや日本のファシズムの脅威にアメリカが直面した時には『個人の力』より『政府の力』の方へバランスが傾いたが、資本主義経済が順調に働き、中産階級の生活が豊かになるにつれ、自由と平等にもとずく個人主義が戻ってきた。私が初めてアメリカへきた1950年代のアメリカは名実ともに世界最強の富める国であった。
それが20世紀後半に入ると、ムダな戦争による国費の浪費、製造業の衰退、義務教育のレベル低下、公共施設の老朽化、政府の財政悪化, 市民の負債の増加、医療費の増加などネガテイブな要因が積もり積もったが、殆どの市民はその深刻さに気がつかなかった。そして2008年秋に未曾有の金融経済危機がおとずれた。2009年末までには全国失業率は10%を超え、連邦政府の財政赤字は1.6兆ドル(約152兆円)に達すると予測されている。現在の『貧困率(Poverty Ratio)』はアメリカ史上最高になった。半世紀の間にアメリカが貧困になったのは明白である。
貧困になれば人間も、バクテリアや虫と同じように『個』よりも『集団』で生存の問題を解決しようとする。従ってオバマ政府が『社会主義』的と批判されるような政策で現状に対処するのは当然といえよう。この流れに沿って市民の間に「皆で協力して世直しをしよう」という動きが活発になってきている。例えばアメリコア計画(AmeriCorps Program)への応募者は一年前に比べて二倍以上に増えているそうだ。民主党の故エドワード・ケネディ(Edward Kennedy)が、共和党のオリン・ハッチ(Orrin Hatch)と協力して作成したサービス・アメリカ法案(Service America Act)は、この動きに追い風を送っている。サバクトビバッタが単独行動から集団行動へ移った時、体内セロトニンが増えるように、今多数のアメリカ人の心の中には『愛国心』というホルモンのレベルが高まっている。
試練の時期が過ぎて経済活動が活発になり繁栄が戻れば,違った形であるにせよ、アメリカ個人主義は必ず戻ってくるのを私は疑わない。
1 件のコメント:
透明な政治を掲げたオバマは、過半数の大衆の心を動かしました。オバマも、オバマを投票した大衆も、上下心を一つにし『集団で』危機に対処する時だと、本能的に自覚しているのでしょうね。
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