2009年7月4日土曜日

ヒトとサルの違い

志知 均(しち ひとし)
ミシガン州ブルームフィールド・ヒルス(Bloomfield Hills, MI)在住
2009年7月3日

小学生の頃、誰かが「人間は猿より毛が3本多いよ」と言ったのを聞いて、何だそんな少ししか違わないのかと思ったのを覚えている。毛が3本の違いというのは根拠がないにしても、人間(ヒト)と類人猿は外見だけでなく、道具を使ったり、学習したり、複雑な『秩序社会』を創る能力などの点でもきわめてよく似ている。 

日本語では英語のモンキー[monkey]もエイプ[ape]も猿と呼ぶが、エイプ(ape:類人猿)は2,500万年前にモンキーから進化した種でチンパンジー(チンプ:chimpanzee)ギボン(gibbon)、ゴリラ(gorilla)、オランーウタン(orangutan)、ボノボ(bonobo)がこれに属する。エイプはモンキーに比べて身体が大きく尻尾が無く知能が高い。ヒトエイプの仲間だったが600万年前に別の種になった。別の種にはなったが当初の状況は他のエイプと大差なく、ヒトの遺伝子にはヒトチンプが交配した形跡が残っている。それからエイプ同様の生存競争の時代が気が遠くなるほど長く続き、200万年前に火山噴火で始まった第二氷河期を生きのびる試練を経て『原始人』になった。

[左から:チンパンジー(チンプ)、ギボン、ゴリラ、オランウータン、ボノボ)

化石、人骨、埋葬品などの調査から原始人については色々わかってきた。それによると旧石器時代までには狩猟能力や知能の点で類人猿よりはるかに進歩していたが、7,000年前の新石器時代に農業を発明するまでは飢餓の恐怖のない生活ではなかった。エイプとは別の種(ヒト)になってから原始人になり農業を始めるまでに進化するのに要した期間にくらべれば、その後信じ難いほどの短い期間に、古代、中世、産業革命、近代化を経てヒトは『現代人』になった。一方この期間、エイプは生存状況においてほとんど進化しなかった。何故だろうか?ヒトエイプはどこが違うのだろうか?
近年、遺伝子解析の技術が進んでヒトエイプ(上図のそれぞれ左と右)との比較を遺伝子レベルでできるようになり上記の疑問への解答の糸口がみつかってきた。遺伝子は簡単に言えば、4種のDNA塩基が多数連なったものでその並び方が遺伝情報を決める。塩基が変化して並び方が変わるのが遺伝子変異である。ヒトエイプの場合、塩基の数は30億にも達するが、遺伝子を比べてみると99%近く同じで、僅か1~2%のDNA塩基配列の違いしかない。遺伝子全体を比較して、この違いが特に著しい領域がいくつかあることがわかった。(詳しくはキャサリーン・ポラードの『何が人間を特異にしているか?』[Katherine S. Pollard: "What makes us human?" Scientific American, May 2009 ]を参照されたい)

その領域の遺伝子を調べた結果、ヒトエイプより遥かに知的な動物たらしめた興味ある事実が明らかになってきた。たとえば[HAR1(Human Accelerated Region1)]とよばれる領域(118の塩基配列のうちヒトチンプで18個の塩基の違いがある)には大脳皮質の形成に必要な遺伝子が含まれている。この領域をチンプニワトリについて比べると2個の塩基の違いしかない。言い換えれば、チンプニワトリを隔てる3億年の間にこの遺伝子には2回しか変異がなかった。それに対しヒトチンプを隔てる600万年の間にヒトの遺伝子に18回も変異があったことになる。ヒトの大脳皮質は折れ曲がって多数のしわをつくり表面積が大きく大量の情報処理ができる。この遺伝子のおかげでヒトの大脳は進歩し複雑な思考、知的活動が可能になった。

もう一つの領域[HAR2]には手くびや親指の形成に関わる遺伝子が存在し、ヒトが器用に道具を作ったり、使ったりできるのを可能にした。もう一つ例をあげれば、[FoxP2]とよばれるヒトの遺伝子は20万年前に変異して顔の筋肉を早く動かして言葉を話すことを可能にした。このようにエイプに比べ、知能、体形、言語活動、運動能力などを改良する遺伝子変異のおかげでヒトは地球で最強の動物になり得た。

話をヒトから戻してエイプの仲間のボノボ(bonobo)について書いておく。
1926年にアフリカのコンゴー河の左岸(上図の赤い部分)で発見されたボノボはそこにしか生息していないので研究調査がおくれたが、遺伝子の比較ではチンプより更にヒトに近い。チンプは強い雄がボスになって雌を独占するので一つのグループの中で生まれる子供は父親が同じになる。またグループ間の争いではボス同士が殺し合う。これに対しボノボのグループは母系社会で雌が協力して雄がボスになるのを阻止する。雄を手なずけるのに雌は複数の雄と交接するので子供の父親が異なる。母親と息子との絆は特に強く、それが母系社会を支えている(グループの中で威張ろうとしても母親には頭が上がらない、ということ)。またグループ間の争いは殺し合いにならず雌どうしの話し合いで解決し、グループは合流して共存する。ボノボの社会はチンプの社会に比べ平和な互助社会で現代人が教えられることも多いようだ。

しかしこの平和なエイプたちに今大きな災難が降りかかっている。1990年代からの内戦でコンゴーは食料不足になり、飢えた避難民や兵隊によるジャングルでの狩猟が増えてエイプの数が激減している。現在、野生のボノボは5,000頭ほどしか生き残っていないらしい。ヒトの進化を知る上で類人猿の研究はとくに重要なのに、戦争や環境破壊、狩猟で人間は彼らを絶滅寸前に追いやっている。

もう遅いかも知れないが、この現状に救いはないのだろうか?

2 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

ヒトがエイプより優れていると自惚れて、戦争を起こし、自己の利益に狂奔するが故に地球を破壊して続けていると、エイプに笑われるでしょう。

和田 啓道 さんのコメント...

志知さん、
マウンテン・ゴリラの生態に異変が生じているとの報告を受けた世界的権威者の京大教授が26年振りに現地を訪れ、2匹の旧知と感激の対面をしたストーリーをTV Japan で見たばかりです。 生態異変の原因は終わりのない内戦であるとのこと。考えさせますね。
エイプの仲間がそれほど沢山いるとは知りませんでした。