この写真は、エド・マンサー(Ed Manser)から転送されてきました。この『アフガニスタンの集落』についての短い説明によると「この連中は、過去5000年もの長い間、シロアリみたいな暮らしに甘んじて、世界の文明から取り残されている。オサマ・ビン・ラデン(Osama Bin Laden)が未だに見付からないのも無理からぬことだ」とあるだけです。
それはともかくとして、私は『穴居生活』にある種の幻想を抱いています。詳しい説明がないだけに、勝手な想像をたくましくして、俗世から遠く離れた桃源郷に思いを馳せてみるのも悪くありません。
でも、どなたかもっと詳しい事実をご存知でしたらお教えください。
2010年4月16日金曜日
2010年4月12日月曜日
自殺を図る人との対話
東尋坊(とうじんぼう)、そのそそり立つ絶壁、その下に荒れ狂い、打ち砕け、しぶきを上げる怒濤、翠色(みどりいろ)の日本海、それは日本が誇る絶景で、旅行者たちに最も人気のある観光地である。しかし、その土地の住人シゲ・ユキオ氏(上の写真、左端に立つ)にとって最大の関心事は、その有名な断崖ではない。彼がその凸凹な岩道を歩きながら探し求めているものは、孤独な人影である。それは通常、張り出した絶壁の先端にうずくまっている人影である。 そうした人影は、この東尋坊の絶景を賞賛する以外の目的で辿りついた曰くのある人に違いない。
そうした人達の旅路の果ての目的は、そこで自分の命を絶つことにある。世界で最も多く自殺者を輩出する国という悪評が高い日本で、東尋坊は特に『自殺の名所』としても知られている。シゲ氏は元警官で当年65才、引退以来の5年間、東尋坊の巡回を日課とし、潜在的な自殺者を見付け、その意図を思い止まらせてきた。 そうした彼の努力の副産として、再び自殺者が増加の傾向を示している実態が明るみに出た。警察の統計では、今年(2009年)の自殺者数が、2003年の最高記録3万4427人に迫る気配にあることが判った。言い換えると、一日平均95人が自殺していることになる。世界保健機構(The World Health Organization: WHO)では、日本人の自殺者数はアメリカ人のそれに比べて3倍の高率を示している、と指摘する。
シゲ氏と彼に同調するボランティア達の活動により、今日までに222名の潜在自殺者が救われた。こうした彼らの活動が全国的に喧伝され、普段は余り問題として取り上げられなかった『自己破滅の行為』という深刻な社会現象が取り沙汰されるようになった。その一方で、シゲ氏の動機が人道的な立場に基づいた行動であるにも拘らず、因習的な日本の社会から批判の的にもなっている。
「日本には昔から『出る釘(杭)は打たれる』という言い習わしがあります。」シゲ氏はそう前置きして、地方行政が、自殺予防の対策に消極的であることに苛立ち、自発的にパトロールを買って出たのだ、と語り「私は言ってやりました。私は『出る釘』になる覚悟だから打てるものなら打ってみろ!ってね」と胸を張った。
公共保健の専門家は、伝統的に日本人が自殺を、封建時代における武士の切腹から始まって『誇り高い逃避』としてロマンチックな行為に祀り上げてきた心情にも責任がある、と非難する。しかし、今日の自殺達の主な動機は、長期に亘る不況が元凶である。近年、自殺者の数が目立って増加したのは1998年(平成10年)、日本の企業が誇りにしていた『終身雇用』の鉄則が初めて崩れた時期からである。以来、収入や職の保障制度が崩れ続け、従って自殺者も増加の一途を辿ってきた。 ここ数年来の世界的な不況の煽りで、状況は更に悪化した。鳩山由紀夫首相が10月に発表した政策演説の中で『自殺現象』に言及し『お互いの助け合い』を呼びかけた。しかし、専門家に言わせると、政府がこれと言った具体的な対策を講じない限り事態の解決にはなるまい、と悲観的だ。
概して、自殺を予防することは容易な仕事ではない。特に日本では困難な仕事である。『不況』の二字は話題として日本で禁句となっている。経済的にも余裕がないから家族を扶養することは勿論、友人を扶助するゆとりも無くなってきた。日本人の多数は『自殺』を『公共保健の問題』としてではなく『個人的な決断』によるものだと考える傾向があるので真剣に取り組もうとはしない。所沢にある国防医科大学(The National Defense Medical College の逆訳)で自殺の調査をしている行動科学(Behavioral Science)部門のタカハシ・ヨシトモ教授は「アメリカでは一般大衆運動(grass-root action)から社会の関心を高めていますが、大方の日本人は、政府が何とかしてくれるだろうと待っているだけです」と嘆く。
東尋坊を管轄している福井県の小都市サカイ市役所の係員達は、断崖に沿って外灯を2カ所に設置し、その下に公衆電話とそれに必要な10円玉を多数、全国自殺者の緊急専用線を通じて相談できる用意を備えている。 いずれにしても、市の係員によると、今年は最悪の年で、警察の記録によると、140人が自殺を目的として東尋坊を訪れたということだ。これは、例年の2倍に及ぶ数である。その殆どは、警官か近くに居合わせた人によって自殺を未然に思い止まらせた。他には何か別の理由で自殺を考え直した者もいたようだ。
上記の140人には、シゲ氏とそのグループが防止した54名の未遂者は含まれていない。市当局は、昨年の自殺者が15人に止まり、今年は13人に止まった、とシゲ氏らの援助運動の成果を認めている。
シゲ氏の防止方法は単純だ。始めに述べたような人影を認めた時、ゆっくりと近付き、気楽な世間話を始める。人影は、、、大抵が男性で、会話が進むと間もなく泣き崩れ、見知らぬ人が自分の悩みに耳を傾けてくれたことに感涙する。
「彼らがそこに踞っているのは、無意識ながら誰かが自分の悩みを聞いてくれたら、と望んでいるのです」とシゲ氏は推測している。
東尋坊の警察署に42年間勤務した後半の頃、シゲ氏は海面に漂っていた屍体を全て拾い上げ、背筋が寒くなった、という。また或る時は、東京から訪れてきたという老夫妻の自殺を思い止まらせたことがある。二人を市役所へ引き渡した後、係官が彼らに何がしかの金を渡し、隣の町へ行くように説得した。数日後、二人から手紙(多分儀礼的な礼状であろうか)が届いた。その手紙は、二人が隣の県(日本海に面した福井県の隣は京都府か石川県)で自殺する直前に投函されたものであった。
「お金を上げて他所へ追いやるのでは救助にはなりません。官僚のお座なりの冷たさには腹が立ちます」シゲ氏が話し始めた時、彼のケイタイ電話のメロディが鳴った。シゲ氏はクリスチャンではないが賛美歌の『素晴らしい善意(Amazing Grace)』のメロディだった。彼と77人のボランティア達は、東尋坊の断崖を一日に二、三周パトロールし、潜在自殺者たちのために食料、宿泊施設、を援助し、必要とあれば職探しもする。
昨年、或る日の午後、シゲ氏が身投げの要所3カ所の断崖を検閲していた。いずれも26メートルの絶壁である。その時は、団体の観光客がガイドの旗に従って移動していた。ガイドが携帯マイクを使い大声で、ある悪い僧侶が落ちて絶命したという逸話がある断崖の説明をしていた。そうした風景の中で、孤独な人影は逆に目立つ。 その人影が、たまたま29才のヤマオカ・ユタカだった。彼は職工の仕事を失い、東尋坊に辿り着き、無言のまま断崖の上で膝を抱えて自殺を図っていた。ヤマオカの様子を見掛けたシゲ氏は、近付いて話しかけた。たっぷり2時間も話し合っていただろうか、シゲ氏は、ヤマオカの気分が落ち着くまで無料で、という条件でアパートを提供した。ヤマオカはシ ゲ氏の親切に甘えた。彼は間もなく仕事を見付け、正常の生活に戻り、今年になり、助けられた礼をしに、断崖の近くにあるシゲ氏の小さなオフィスを訪ねてきた。
「私は救われた、と実感しました。私は生きていけると感じたのです」当時を思い出して語るヤマオカの声は、消え入りそうだった。そして「それまでの私は、恐怖と不安感がつのるばかりだったのです。誰も話し相手がいませんでしたので、、、」と告白した。
シゲ氏の行動は、同地での拒絶反応もある。特に同地の観光協会はシゲ氏の運動が観光振興の障害になると考えているようだ。だが、シゲ氏の意志は固く、そうした批判に惑わされることはない。
シゲ・ユキオ氏は「私は、政府が積極的な対策を立てて本腰で救済運動を展開するまで行動し続けます。政府の無為無策の陰で貴重な人命が失われているのを、黙って見ているわけにいきません」と断言した。
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付記:毎日新聞、2010年4月8日付け、憂楽帳から
命を語り合う旅
笹子 靖(ささこ やすし)
命を語り合う旅
笹子 靖(ささこ やすし)
「命の大切さについて、現地の人たちと語り合ってきます。」20才の島脇麻美(しまわき まみ)さんは、そう話してアフリカ東部の国、ウガンダへ旅立った。この春か ら福島大を1年間休学し、あしなが育英会が中心になって現地に設立したエイズ遺児支援施設で、子どもたちの心のケアや教育の研修活動を行う。
(彼女が)7才の時、父親が自ら命を絶ち、自死遺族として辛い体験を重ねた。同情されたり、貧しいと思われるのが嫌で誰にも自分の境遇を話せなかった。だ が高校生になり、あしなが育英会での活動で同じ悩みを持つ同世代と出会って、ようやく自分の居場所を見つけた気がした。
アフリカに魅かれたのは、貧困や病気で過酷な生活を強いられる人たちが、家族のように何でも相談し、支え合って暮らしているから。苦しい時に周囲に 助けを求められず、自殺者が年間3万人を超える日本の社会とは対照的に見えた。「帰ってきたら、必死に生きる人たちのことを、多くの人に伝えたい。」そんな 思いも胸に、島脇さんの新しい旅が始まった。
2010年4月7日水曜日
自分を閉じ込める子供たち
この4月は自閉症への一般の関心を高める運動月間(First National Autism awareness Month)。と聞いても知らない人のほうが多いだろう。自閉症の子供をもつ親とか親族でなければ伝染病でもない自閉症に特に関心をもたないのは当然かもしれない。だからこそ『運動月間』を指定する必要があるのだが。
無口、社交下手、他人と目をあわせられない、会話ができない、体に触られたくない、何が欲しいかはっきり言えない、、、これらは自閉症の症状の一部である。おや、こんな症状は普通の日本人に見られるのと同じではないか!と驚く方もいるかもしれない。たしかに日本人の民族性には『オタク人間』で代表されるような、内気、引きこもりの面があるが、それだけで日本人全体を自閉症とは言わない。では自閉症とはなんだろう? 自閉症は症状が多様なので自閉症スペクトル(Autism spectrum disorders)と呼ばれる。社会性や言葉のコミュニケーション、運動機能などの発達障害で3才ぐらいから症状が表われる。アメリカでは新生児110人の内一人が自閉症で、成人も含めれば100万〜150万人が自閉症と診断されている。自閉症が最近とくに注目されるようになったのは、精神発育障害の内で自閉症の増え方が最も著しく、年々10〜17%増加しており、まさに『流行病』の様相を示しているからだ。自閉症治療の費用は現在600億ドル(約6兆円)、10年後には2000億〜4000億ドル(約20兆〜40兆円)に上ると予想されている。ほとんどの健康保険会社が医療費をカバーしないので、自閉症の子供をもつ親の経済的な負担はたいへんなものである。日本でも軽度の自閉症であるアスペルガー症候群(Asperger’s syndrome)を入れれば自閉症の患者の数は120万にも達するようでアメリカと大差ない。

自閉症の原因について、アンドリュー・ウエークフィールド(Andrew Wakefield、イギリスの消化器系専門医;右の写真)のグループが1998年にMMR[ハシカ(Measles)、オタフク風邪(Mumps)、風疹(Rubella)]ワクチンの接種が自閉症を惹き起こす原因だとする説を医学誌ランセット(Lancet)に発表した。新生児がワクチン接種を受ける3才頃が自閉症の徴候があらわれる時期と一致するため、この論文は新生児を持つ親達の間にワクチン恐怖の嵐を引き起こした。ウエークフィールドの論文には研究方法、その他に問題があり、また、ほかの研究者達の追試ではMMRワクチンと自閉症発症との関連は証明できないので、ランセット誌は、最近ウエークフィールドの論文を撤回している。

MMRワクチンの安全性は確認されているのにワクチンを受けない幼児が増えるのは公衆衛生の見地からは深刻な問題である。にもかかわらず、幼児のワクチン接種に反対する人たちが相変わらず多数いるのは困ったものだ。その一人がジェニー・マッカーシー(Jenny McCarthy:Playboy誌のモデルからMTVのゲームショーや二流映画に出て『有名人』になった女性:左の写真)。ジェニーは自分の息子が自閉症になったことでその治療に関する運動をしている。その意義は認められるが新生児の親達にMMRワクチン恐怖を煽っているのはよくない。
自閉症の発症要因はよく判っていないが、遺伝因子と環境因子の両方が関係するのであろう。自閉症遺伝子でDNAレベルで同定されたものはないが、先天性脳機能障害など形質の遺伝が明らかなタイプは色々ある。自閉症の子供の大脳皮質にある皺(しわ)の構造は自閉症でない子供のそれと違っている。(右の写真は脳波の検査と、脳のレントゲン写真)その違いには環境因子が関係している可能性があり、妊娠中に母親が摂取した食物、飲料、薬物などに含まれている成分や、乳幼児の授乳に使うプラスチック哺乳瓶に含まれている物質[バイフェノールA(Biphenol A)、フタール酸(Phthalates)]などの胎児、新生児の脳の発育に対する影響が注目されている。MMRワクチン説は否定されたが免疫の関与がまったく無いとはいえない。小麦、牛乳、トウモロコシ、砂糖、柑橘類などに対するアレルギーが自閉症の発症と関係があるとする報告があり更に詳しい研究が必要だ。
自閉症は早期発見と、いろいろ治療を試みる間に閉ざされた心が『外界』とコミュニケーションできる糸口(Breakthrough)を見つけることが重要である。2008年2月にABC Newsが13才の自閉症少女カーリー・フライシマン(Carly Fleischman)のBreakthroughケースを報道して話題になった。(上述の部分か左の写真をクリックすると、報道の動画がご覧になれます。)カーリーはコンピューターのキーの使い方を覚えたのがきっかけとなり、文章の書き方を習い、親や友達に盛んにメッセージを送り始めた。そのメッセージによって周りの人たちはカーリーの心の中が判るようになった。「自分は感じていること、考えていることを口では表現できないが、決して知能が低いわけではない」、「手足を間断なく動かしたり、奇声をあげたりするのは手足を蟻が這い上がってくる感じがするから」、「両親の深い愛情には感謝している」などのメッセージは多くの人を感動させた。この少女はこれで自閉症が治ったわけではないが将来への希望がもたれる。社会の理解と援助、家族の愛情、本人の努力があれば自閉症は不治の病ではない。
自閉症を克服した一人、テンプル・グランディン(Temple Grandin)の話を知っている方々もあるであろう。この女性は自閉症にもかかわらず、世話をしてくれた人たちの愛情と本人の努力で大学、大学院教育を終了し、現在、多方面で活躍している。[詳しくは、ここをクリック。『Emergence: Labeled Autistic』by Temple Grandin, Ph.D. and Margaret M. Scariano, 1986;『我、自閉症に生れて』カニンガム久子訳、1994年、学習研究社] 自閉症の子供達やその家族へのみなさんの理解と関心が少しでも高まることを願ってこの小文を終わる。
2010年4月2日金曜日
『プラチナのベンツ』に一言、二言
[先日公開した『プラチナのベンツ』に異論がありました。筆者は、広告代理店の営業を永年勤め、マクドネル・ダグラス社(McDonnell Douglas)、ギャレット部門(Garrett Division)などの重産業企業をクライエントとして担当していたベテランです。引退後、ネヴァダ州カーソン市(Carson City, Nevada)に在住。]

正直なところ、私は『プラチナのベンツ』は疑わしいと思った。いや、アラブの富豪やウオール街、金融業の会長だったら、プラチナ製の車を買う余裕は充分にあるであろうことは全く疑いの余地はない。
私の疑問は自動車の構造上の機能についてだ。ベンツ、クーペの車体全てがプラチナだったら、たとえ強化加工されていても熱、圧力や振動には耐えられまい。当然エンジンは鋼鉄の鋳型でなければなるまい。それが金、あるいはプラチナだったら、内燃機関エンジンが作動する際に生ずる高熱で溶けてしまうだろう。
ただ一つ考えられる可能性は、全ての板金(鉄鋼、アルミ、などから作られた)の表面を電気的にプラチナ鍍金(メッキ)加工することだけだ。そうすれば、圧力や振動に対する耐久力を維持しながら、ピカピカ煌めいているであろう。
いずれにしても、変わった突飛な話だ。
それに関連して思い出したのが、ボーイング社(Boeing)製の飛行機に必要な部品を供給していたギャレット部門が受けた特注内装のことである。一時期、特注航空機の内装を3機、同時に制作していた。
その第一機は『グリーニィ(greenie)*』727-200型(右は同型の商業機)の内装について。プラスチックや繊維ガラスなどは退け、織物の生地、木材の選択、何もかも全て豪勢な材料を調達していた。目につく金属は無垢(むく)の純金、構造的に堅牢さを要求される部分には金は不適当なので鋼鉄を使っていたが、それも厚手の金メッキが施されていた。

その第二機は同じく『グリーニィ(greenie)*』727-100型(右は同型の商業機)の内装で、贅沢な織物生地やマホガニーで被われていた。勿論プラスチックはどこにも使われず、金属部分は厚手の銀メッキだった。ハイライトとも言える部分は円形のベッドがある寝室で、豪勢にして繊細な雰囲気を醸し出していた。

その第三機は中古の727-100型(右は同型の商業機)を改装したもので、内装は良く仕上がっていたが、驚くほどのものではなかった。窓枠、テーブル等々、ごく普通のプラスチック、フォーマイカ、研磨された木製卓などであった。
いずれも自家用機で、豪勢な第一機はアドナン・カショギ(Adnan Khashoggi:上の写真左)、悪名高い石油の仲買人、アラビア首長の所有だった。 第二機の持ち主は、ヘンリー・フォード・ジュニア(Henry Ford Jr.:上の写真中 )。正確に言うと、フォード・モーターの社用機だが、実際にはヘンリーが独占して飛び回っていた。 第三番目の飛行機はヨルダン王、フセイン(King Hussein:上の写真右)の所有だった。
この教訓:一国の王、一企業の社長になる勿れ。石油産出国の仲買人たれ。さもなくば、贅沢を極めた飛行機で飛び回れない。
註:*『グリーニィ(greenie)』とは、航空機生産場の用語で、組み立て工場から出来立てホヤホヤで、内装がなく骨組みが露わな飛行機。操縦席、客席など全ての内装は特注仕上げ工場( the custom house) で取り付けられる。自動車の完成も似たような工程をたどる。

トム・キートン(Tom Keeton)
正直なところ、私は『プラチナのベンツ』は疑わしいと思った。いや、アラブの富豪やウオール街、金融業の会長だったら、プラチナ製の車を買う余裕は充分にあるであろうことは全く疑いの余地はない。
私の疑問は自動車の構造上の機能についてだ。ベンツ、クーペの車体全てがプラチナだったら、たとえ強化加工されていても熱、圧力や振動には耐えられまい。当然エンジンは鋼鉄の鋳型でなければなるまい。それが金、あるいはプラチナだったら、内燃機関エンジンが作動する際に生ずる高熱で溶けてしまうだろう。
ただ一つ考えられる可能性は、全ての板金(鉄鋼、アルミ、などから作られた)の表面を電気的にプラチナ鍍金(メッキ)加工することだけだ。そうすれば、圧力や振動に対する耐久力を維持しながら、ピカピカ煌めいているであろう。
いずれにしても、変わった突飛な話だ。
それに関連して思い出したのが、ボーイング社(Boeing)製の飛行機に必要な部品を供給していたギャレット部門が受けた特注内装のことである。一時期、特注航空機の内装を3機、同時に制作していた。
その第一機は『グリーニィ(greenie)*』727-200型(右は同型の商業機)の内装について。プラスチックや繊維ガラスなどは退け、織物の生地、木材の選択、何もかも全て豪勢な材料を調達していた。目につく金属は無垢(むく)の純金、構造的に堅牢さを要求される部分には金は不適当なので鋼鉄を使っていたが、それも厚手の金メッキが施されていた。 
その第二機は同じく『グリーニィ(greenie)*』727-100型(右は同型の商業機)の内装で、贅沢な織物生地やマホガニーで被われていた。勿論プラスチックはどこにも使われず、金属部分は厚手の銀メッキだった。ハイライトとも言える部分は円形のベッドがある寝室で、豪勢にして繊細な雰囲気を醸し出していた。

その第三機は中古の727-100型(右は同型の商業機)を改装したもので、内装は良く仕上がっていたが、驚くほどのものではなかった。窓枠、テーブル等々、ごく普通のプラスチック、フォーマイカ、研磨された木製卓などであった。
いずれも自家用機で、豪勢な第一機はアドナン・カショギ(Adnan Khashoggi:上の写真左)、悪名高い石油の仲買人、アラビア首長の所有だった。 第二機の持ち主は、ヘンリー・フォード・ジュニア(Henry Ford Jr.:上の写真中 )。正確に言うと、フォード・モーターの社用機だが、実際にはヘンリーが独占して飛び回っていた。 第三番目の飛行機はヨルダン王、フセイン(King Hussein:上の写真右)の所有だった。 この教訓:一国の王、一企業の社長になる勿れ。石油産出国の仲買人たれ。さもなくば、贅沢を極めた飛行機で飛び回れない。
註:*『グリーニィ(greenie)』とは、航空機生産場の用語で、組み立て工場から出来立てホヤホヤで、内装がなく骨組みが露わな飛行機。操縦席、客席など全ての内装は特注仕上げ工場( the custom house) で取り付けられる。自動車の完成も似たような工程をたどる。
2010年3月29日月曜日
『万里の長城』に防火壁
グーグル、中国での営業から撤退
去る1月のこの欄で、グーグル(Google)が中国政府の言論統制に抗議していたことを伝えたが、政府の態度は硬化しただけで何らの妥協点も得られず、遂に先週、グーグルは中国での運営を放棄した。これは『言論の自由』を擁護する見地から高く評価され、ニューヨーク・タイムズはその勇気は賞賛に値する、と評している。(右はグーグルの撤退を惜しみ社の前に花輪を贈る若い中国人たち) その他、グーグルの撤退に伴って起こって波紋は複雑だ。グーグルの不在によって利益を得る競合企業の数社、発禁なしの検索を名残り惜しむ若い中国人たち、グーグルなしでも世の中は変わらない、とする人々、様々な反応が見られる。
その全てを報告しても、混乱を招くに過ぎないから、ここでは次の評論をもってその結末をまとめることにする。
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グーグル(Google)が中国を去った後の検索事情
ジョナサン・ストレィ;リリー・リー(Jonathan Stray & Lily Lee)
香港発、3月28日付け、NYTより
ジョナサン・ストレィ;リリー・リー(Jonathan Stray & Lily Lee)
香港発、3月28日付け、NYTより
中国政府にとって政治的に微妙な話題を、中国人民がネットを通じて検索を始め、それが頂点に達したのは、グーグルが香港で自主統制を外した日であった。中国政府は直ちに行動を起こし、オンラインで同社を賞賛する文章を削除するキャンペーンを繰り広げた。 『天安門』、『法輪功(Falun Gong)』、『汚職』に関する検索は、グーグルが統制なしの中国語検索を開始した火曜日(3月23日)には、普段の10倍に膨れ上がった。
だが、それは長く続かなかった。一部には、中国人がかかる政治的に微妙な話題に直ぐ飛びつくほど性急に知りたがってはいなかったこと、そしてグーグルの香港発の検索エンジンが中国大陸で殆ど妨害されてしまったからである。週末における中国の数都市で行ったテストでは、『天安門(右の写真か、ここをクリックすると動画が見られます)』や『中国政府要人の名』を検索していた人々を、中国政府がグーグルの香港サイト(google.com.hk)で発見し、数分の内に受信を妨害してしまった。他に頻繁に利用される中国の検索エンジン、自主規制をしているバイデュ(百度)は、引き続き受信でき検索できる。
27才のソフト開発技師、ジォング・フアン(Xiong Huan)は「グーグルが中国から撤退するって聞いたけど、私は気にしていないよ。だって百度があるもの。政府が避けている話題を検索しない限り、今の所はグーグルにしたって同じことさ」という。
そうは言うものの、膨大な数の人々がグーグルの新しい『統制無しサービス』第一日目を利用していた。その内、約250万人が『天安門』に関わる事項を、470万人が法律で禁止されている『法輪功』に関わる事項を検索したという数字がグーグル・トレンズ(Google Trends)とグーグル・キーワード・ツール・ボックス(Google Keyword Tool Box)にデータとして記録されていた、ということだ。
とは言え、この人数は4億人の中国人ネット利用者の総数から見たら僅かであり、検索数は二、三日で平常のレベルに戻った。 英語や中国語によるグーグルでの検索は遥かに一般化し、『火曜日』におけるグーグルの利用者は2,000万人に達した。その意味するものは、グーグル利用者は自分たちの知識では得られない『政治的に微妙な情報』を得るため、グーグルに依存し続けたい意志の現われである。
一方、中国政府は、グーグル愛好者たちの感情をインターネットから根絶すべく、その構えを示している。 中国の独立系メディアに精通している独立のジャーナリストで調査員、38才のオイワン・ラム(Oiwan Lam)は、グーグル関連の社交ネットワーク・サイトが「ほんの数秒の内に削除されてしまった」と落胆していた。
チャイナ・デジタル・タイムズ(The China Digital Times)は、中国州協議会の情報局(The Chinese State Council Information Office)が全ニュース・サイトに呼びかけ「情報交換、コメント、その他の討議に関する管理は慎重に」そして「グーグルを支持し、花輪を供えたり、グーグルが中国に止まるよう要請したり、激励したり、その他政府の方針に沿わない記事、映像、音響やビデオは削除すべし」と指令した、と伝えている。
中国政府は、微妙な話題の報道には定期的に指示を与え、グーグルの監査には特に厳しい態度をとってきた。
グアンズウ旅行社(Guangzhou travel)サイトのウエブ制作者、ジャヴェン・ヤン(Javen Yang)は「金曜日(3月26日)に、グーグルに関わるコメントは全て削除するよう政府から指令を受け、また一般のウエブ制作者も、アメリカの企業で中国から引き揚げる会社に関する事項は削除するよう通告があったようだ」と語っている。
その事実を中国州協議会の情報局から確認をとりたかったが何の答えも得られなかった。
国内の『おしゃべり』サイトも間近かに監視され、中国と外国のそれを比較するとその違いに大きな差があるのに気が付く。中国のツイッター(Twitter)が全般的にグーグルの決断を賞賛していたのに引き換え、中国で人気がある討論サイト、ティアニャ(Tianya.cn)では土曜日(3月27日)、ほんの数名がグーグルの名に触れていただけで、全てが控え目か、中立の意見に過ぎなかった。反面、ツイッターは言論統制に反対を叫び続けていた。但し、フェイスブック(facebook)やユーチューブ(YouTube)もそうだが、中国本土からは特別なソフトを使わないと繋がらない。 全般的に見て、今のところグーグルの撤退は一般市民にさほど大きな影響は与えていないようだ。
中国人がグーグルの新しい『検閲抜き』の検索機能を受信できたとしても、それを読ませたくない政府の妨害により読めなく(多分文字化け)される。国内製のウエブ・サイトは容易に撹乱でき:外国製のサイトは巧妙に張られたファイアウオール(防火壁:firewall)で遮断される。
ラム(Lam)女史に言わせると「グーグルが統制を外したとしても、ファイアウォールを突破できるソフトを使わない限り、一般の利用者は『微妙な報道』を受信することはできません。『万里の防火壁長城(The Great Fire-Wall)』が存在する限りはね」ということだ。
中国政府は、かようなファイアウォールの存在や、報道関係やウエブ・サイトに言論統制を指示したことを認めることはあるまい。他の諸外国と違って、インターネットの受信を検閲する中国政府はサイトを妨害した通知も出さず、、、ネットワークが故障して受信ができなかったのだ、とうそぶくに違いない。
究極的に、(中国政府は)無関係を装っている方が、どんなファイアウオールよりも効果的であろう。
北京のセールスマン、ルオ・ペン(Luo Peng)は「私はグーグルが中国から完全に閉め出されても心配しません。ユーチューブやフェイスブックもそうですが、私の生活に無くても差し支えのないものです。必要とあれば、使えるものを利用するだけのこと」と超然としていた。
2010年3月23日火曜日
追憶その2:フェス・パーカー
ヴァーリン・クリンケンボーグ(Verlyn Klinkenborg)
2010年3月21日付、NYTより
2010年3月21日付、NYTより
私は『デヴィ・クロケット(Davy Crockett シリーズ)』のエピソードを、どの一つさえ憶えていないし、アライグマの帽子(coonskin cap)も持っていない。あの流行したテーマ・ソングのように、そのメロディは一時(いっとき)脳裏を去来していたが、すべてが過去の彼方に消えていった。でもフェス・パーカー(Fess Parker)は憶えている。あの時代の男性的な逞しさ、それはパーカーの存在なしでは考えられない。その彼が先週、85才で亡くなった。私の追憶には、何とも言えない『正真(ほんもの)』の体躯が浮かんでくる。テレビのシリーズの影響で、どれほどアライグマの帽子が売れたかは知らないが、その『正真さ』は、単に無邪気な子供っぽいイメージではない。それはパーカーの体内に脈々と流れていた『何か』だったようだ。
私が思うに、ある意味では、それは細身の旧式な火打ち石銃を持つにふさわしい角張った男性の印象だった。又それは、彼が右の目をうつむけ、しかめ面の笑みを浮かべながら見上げる仕草でもあった。その彼の開拓者特有の鋭い眼差し(まなざし:用心深く、相手を計るような目つき)を、ファンの子供たちが真似していた状景が記憶に蘇ってくる。あれやこれやを綜合し結び付けてみると、パーカーの声も蘇ってくる。その発声は(パーカーが)生まれたテキサスの訛りより、(クロケットの)テネシー訛りが仄かに感じられ、未開拓地特有の柔らかな雰囲気を尊重し再現してくれていた。いずれにしても、フェス・パーカーその者が、アメリカの伝説的人物デヴィ・クロケットだったのである。
彼の訃報を読みながら、私はフェス・パーカーの普遍的な運命を認識させられた。伝えられる所によると、彼はディズニー映画(Disney)と契約していたため、ジョン・フォード(John Ford)監督(西部劇の伝説的な監督)の映画に出られず、マリリン・モンロウ(Marilyn Monroe)と共演ができなかったのが残念だったということだ。だが、我々はパーカー/モンロウの共演が実現することのない世界に生きていた。のみならず、多くの子供たちが、フェス本人の存在を打ち消し、彼をデヴィ・クロケットに仕立て上げてしまったのだ。
私は今『デヴィ・クロケット』をもう一度鑑賞してみたい、という衝動に駆られている。でもそれをするには、私自身が再び子供に戻らなければなるまい。
マグロ喰いたし、絶滅避けたし
[はじめに:私は極く平均的な日本人です。幼い頃から魚介類を中心とした食生活で育ち、当然のようにマグロやアジのスシを好んで食べ成長しました。それから半世紀、特に気にも止めていなかった自然界に様々な変化が起こり、環境問題が深刻に討議されるようになった今日この頃、大洋の生物も例外なく多大な影響を受け、その存続が危ぶまれています。 昨2009年11月9日付けのニューヨーク・タイムズ紙は社説で、東部大西洋や地中海におけるクロマグロ(bluefin tuna)の危機を訴え、今の内に対処しないとマグロの絶滅は必至だから、その保護のためには各国政治家の協力が必要だと呼びかけています。 同月21日には、再び同社の社説で、その前の週にブラジルで会合したマグロの漁獲制限に関する国際委員の提案が否決されたことを憂慮しています。それは、従来の漁獲制限2.2万トンから、2010年には1.35トンに制限することを裁決はしたが、その量は海洋生物学者達が提案した数字を遥かに上回っていたもので、その数に密猟、密輸を加えたら、クロマグロの絶滅は必至で、今全面的な禁漁にして存続可能な数まで復活させてから漁獲を再開するという手段が必要だと主張しています。
そして今年、去る3月19日、クロマグロ輸出入禁止案が国際会議で否決されました。提案した国々と、反対した国々では完全に相反する事情があることは理解できます。でも、理解は理解として確実な将来、、、今のままでは、我々の世代はマグロで舌づつみを打てるでしょうが、次の世代にはマグロは過去の遺物になってしまうでしょう。 私には、次世代にマグロの味を堪能させるために、今マグロ食を控える覚悟は充分にあります。
以下は、輸出入禁止案に反対した日本と、輸出入禁止案を提案したアメリカの報道記事です。どちらに同意するかは読者の良識にお任せいたします。編集;高橋 経]
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毎日新聞3月20日付け(原文のまま)
クロマグロ:禁輸否決…日本、情報戦に勝利
クロマグロ:禁輸否決…日本、情報戦に勝利
大西洋(地中海を含む)クロマグロ(bluefin tuna)の国際取引禁止案は、ワシントン条約締約国会議の第1委員会で圧倒的な反対多数で否決された。日本は劣勢とみられ たが、ふたを開けてみれば賛成票は可決に必要な有効票の3分の2に遠く及ばず、欧米メディアも「日本の明らかな勝利」と評価。予想を覆す結果は日本の周到 な根回しに加え、自国産業への打撃を懸念する途上国の動きや「陰の主役」中国の影響力があった。 「意見が出尽くしたのなら、直ちに採決すべきだ。」カタール・ドーハ(Doha)で18日午後(日本時間同日夜)に開かれた第1委員会。各国の意見表明が一巡 したところで、マグロの蓄養が盛んなリビア代表(Libya)が即時採決を求める動議を提出した。スーダン(Sudan)も同調し、採決の結果、賛成が72票と反対の53票を上回っ た。
「5票以内ぐらいの差で決まる。」5日の会見で赤松広隆農相は情勢の厳しさを強調した。欧州連合(EU)加盟27カ国が禁輸賛成で足並みをそろえ ることが確実視されていたためだ。ケニア(Kenya)などアフリカ23カ国も水面下で、EUに「象牙禁輸延長を支持すればクロマグロ禁輸に賛成する」と持ちかけてお り、否決に必要とみられる50票の確保は難しい情勢だった。
水産庁は2月ごろから、OBら6人を政府顧問としてアフリカなど途上国を中心に派遣、多数派工作を展開した。しかし、顧問の一人は2月下旬、毎日新聞の取材に「漁業当局の人間は理解してくれても、それが政府全体の意見ではないことも多い」と漏らした。水産庁幹部は「終盤までもつれる」と長期戦を念頭に準備を進めていた。
だが、サメ類の規制強化に関する議案が16日、日本やロシア、中東諸国などの反対により大差で否決されたことをきっかけに代表団は「この勢いなら マグロ禁輸の否決も可能」との判断を強める。20日過ぎに米国が大型代表団を送り込み、多数派工作を始めるとの情報もキャッチすると、赤松農相は「おれが 責任を取る。勝てるなら一気にやれ」と指示した。
リビア動議の採択後、EU案、モナコ(Monaco)案が採決され、いずれも否決。モナコ案の投票総数は118で、反対した68カ国にはアフリカ諸国が目立った。 一方、賛成票はEU加盟国数を下回り、棄権30カ国の多くが欧州諸国であることをうかがわせた。米国の多数派工作が成功し、アフリカ諸国などが賛成に回っ ていれば、禁輸が採択されかねない「薄氷の勝利」だった。
採決の動議を提出したリビアなどに加え、同じアジアのマグロ漁業国である中国や韓国の存在も大きかった。特に中国は原油や鉱物など資源確保のた め、アフリカを徹底支援。赤松農相は16日の会見で「中国も他の国に働きかけてくれている」と述べた。【行友弥、ブリュッセル福島良典】
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3月19日付け、ニューヨク・タイムズ紙、社説
(日本の) 漁業工策、再び勝つ
(日本の) 漁業工策、再び勝つ
昨日はクロマグロにとって厄災の日だった。
ドーラで開かれた、ワシントン条約締約国会議において、モナコとアメリカ合衆国から提案された絶滅の危機にあるクロマグロを主にする魚類の国際取引禁止案は、落胆の極みともいうべき不均衡な投票率で否決された。この禁止案は以前にも大差で否決されている。国際的に絶滅の危機が迫っている生物の中で上位にあるクロマグロの輸出入に関する欧州勢の穏やかな行動で、禁止案の裁決はすでに一年も遅延してしまった。投票は、発展国と発展途上国との間に引かれた線で二分された。だが、間違いなく、否決の票が上回った陰には、日本の飽くなき工策による根回しが大きく働いた。日本人は世界が消費するクロマグロの80パーセントを消化しているため、チュニジア(Tunisia)のような貧困国から、常時マグロを供給させて需要を満たさねばならない。
禁止案の内容では、日本が自国の領海内でマグロを捕獲する限りにおいて、何らの制限をつけてはいない。だが日本国内の需要を満たすためには、チュニジアや、他のアフリカの国々を通して、東部大西洋や地中海で捕獲されるマグロを不法に輸入する必要がある。
消費者の需要に応じて商業価値の高い生きの良いマグロを、従来通りに供給を確保し続けていたのでは、マグロが遠からず海洋から姿を消してしまうことに目覚め、資源保護のために乱獲を慎むべきである。
残存するマグロの数は既に著しく減少している。1957年から2007年までの50年間に、70パーセント以上が消滅した。2000年からの10年間には60パーセントが捕獲されてしまった。こうした恐るべき事実は、ことマグロ、サメ、サケ、などの種族保存に関する限り、商業価値を優先する人々には『馬の耳に念仏』でしかないらしい。
次の国際会議の委員たちの総会は、30ヶ月先まで開かれない。そして、大西洋クロマグロの種族保存や生存可能な数まで増加させる努力をする責任は、全て国際会議の委員たちの肩にかかっている。
前回、ブラジルでの委員の総会では、、、それまで何年もの間、乱獲を阻止することができなかった、、、ある程度の捕獲制限が合意に達したが、委員会の生物学者達が提唱する『捕獲の一時停止』とはほど遠いものでしかなかった。委員会は来る11月に会合する。日本側は、新しく設定される捕獲量を受け入れるだろうが、他の方策で種族の減少を否認するであろう。
我々は、それを指をくわえて見過ごすわけにはいかない。
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