2010年11月15日月曜日

幻の『メトロポリス』83年ぶりの復活

メトロポリス(Metropolis)』は無声映画時代に空想科学分野の大作映画だった。時は1926(大正15年)、ドイツの映画監督フリッツ・ラング(Fritz Lang:左の写真)が野心満々、意欲的にメガホンをとって製作した。劇場で公開されたのが翌1927年だから、日本的な言い方をすれば「大正から昭和にかけて発表されたドイツ映画の超大作」ということになる。

今日のコンピューター・グラフィック(Computer Graphics: CG)、色彩デジタル、大型スクリーン、ステレオ音響効果、3D立体映像などを駆使した映画技術を見馴れた観客にしてみれば、技術的に比較する対象とはなり得ないことは言うまでもないが、今から80年余りもの昔、白黒、無声映画という時代の背景で製作されたことを考えると、この映画の骨董的価値類いのない傑作と評価される値打ちは充分以上にある。

物語りの内容は73年後の未来、すなわち2000年を想定している。巨大な摩天楼群がそそり立つ未来都市が舞台、これは監督製作のフリッツ・ラングがニューヨークを訪れた時に見た摩天楼に刺激を受けたのだと伝えられる。例の経済大恐慌の直前で、ニューヨークには世界中どこの都市にも見られない活気が溢れていたことであろう。

主人公の一人、ジョー・フレデルソン(Joh Fredersen)はその未来都市を築いた支配者。この巨大都市の輝かしい繁栄の陰に当たる地底に張り巡らされた工業的な機械組織では、奴隷のような労働者たちが日夜交代、24時間、汗と脂を流して働き、地上の動力源を供給している。そこで支配階級と労働者の相克があり、善と悪の葛藤があり、宗教的な意義が暗示され、それに悲劇的な恋のメロドラマが絡む。観客たちは手に汗を握って成り行きを見守る場面の連続で、筋書きはスリル満点である。(左はコミック本の表紙。映画の前後に刊行された。)

結果は映画を見てのお楽しみ、ということにしておくが、この映画、結びの鍵となる警句フレーズが「頭脳の働きと手足の動きを取り持つのは心である(The Mediator between Brain and Hands must be the heart)」としている。誰が『頭脳』で、『手足』は誰、そして誰が『心』の役割をそれぞれ果たすのかが、この映画のフィナーレとして結着する。(右は書籍版)

フリッツ・ラングの当初の完成作品は2時間余りという、当時にしては際立った長編だった。ドイツ国内で公開した直後、アメリカへ輸出してパラマウント映画(Paramount)が配給元になった。英語の字幕に編集する際、利益に聡い経営者は、観客動員の回転を促進するために、フィルムのあちらこちらを1時間分もカットし短くしてしまった。当然、ラングの初期の制作意図はおおむね無視された結果となった。(左は倉庫に積み上げられたフィルム缶の山。映画の編集は気が遠くなるような作業の連続。)

その後に起こった第二次世界大戦など、年月を経るに従ってラングの原作映画のフィルムは影をひそめ『幻の映画』として歴史の彼方に葬り去られてしまったかに見えた。(右は発見されたフイルム缶の一つ。左はフィルムの編集作業。)

2008年の初頭、その原作フィルムの長編が思い掛けずアルゼンチン、ブエノス・アイレス(Buenos Aires)で発見された。といっても16ミリのフィルムに複写されたものだった。劇場用のフィルムは35ミリ、16ミリは映画マニアのアマチュア用で小型だが、無いよりはるかにマシ、それを挿入再編集する復活作業が始まった。

その以前、2001年にも復活フィルムが公開されたが、そのフィルムは短縮版。16ミリの発見により、25分間分の欠損部分が補足され、原作の長編とほぼ同等の内容に復活された。(右の右は、画面が荒れているアルゼンチン版、左は修正された2001年版)

先ず完全修復版
の再公開の封切りは、ハリウッドの名門劇場、グロウマンのチャイニーズ・シアタァ(Grauman's Chinese Theatre)で4月に、つい先日はニューヨークのジーグフェルド・シアタァ(the Ziegfeld Theater)で2週間にわたって公開された。

先週は、テレビのターナー・クラシック・ムーヴィ(Turner Classic Movie: TCM)『完全修復版』が上映され、私もやっと幻のメトロポリスを鑑賞することができた。同時にその修復計画に携わった大勢の人々のインタビューも紹介された。それだけでも1時間たっぷりの充実した内容で、ここでその全てをお伝えするのは難しいので、ご参考のため、修復に関わった人々の名前だけ列記する。(左は、聖女マリアを魔女に変身させる場面)

修復関係:
• Friedrich-Wilhelm-Murnau-Stiftung, Wiesbaden (jointly with)
• Deutsche Kinemathek — Museum Für Film and Fernsehen, Berlin

• (in associate with) Museo del Cine Pablo C. Ducros Hicken, Buenos Aires 修復援助関係:
• Beauftragter der Bundesregierung für Kultur und Medien
• Gemeinnütziger Kulturfonds Frankfurt Rhein Main CmbH

• VGF Verwertungsgesellschaft für Nutzungsrechte an Filmwerken


その他の貢献者、資材提供、監修者など、アルゼンチン、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリー、15団体および個人

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なお、『メトロポリス』の予告編、本編、その他がYouTubeで下記の通り公開しているから、リンクをクリックして垣間みることをお奨めする。

本編 http://www.youtube.com/watch?v=rD_-flw9IcQ

予告編 http://www.youtube.com/watch?v=ZSExdX0tds4

修復版 http://www.youtube.com/watch?v=zAuSEdPbqmo

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

映画には監督/制作者の思想が反映しています。映画の影響力を考えると、映画製作には社会的な責任があるようです。単純な言い方をすれば、映画は矢張り『ハッピー・エンド』『勧善懲悪』が本筋ですね。そういう意味で、クリント・イーストウッドの作品には彼の正当な信念が込められています。『メトロポリス』も難しい時代だっただけにラングは空想映画に託して、人間性を訴えていたのだと思います。