高橋 経 (たかはし きょう)
去る7月20日(月曜)、郵便物に混じっていた自動車の広告が目に止まった。普段なら、広告は無条件にクズかごに直行させるのだが、そのチラシは私の好奇心を誘った。一つには、日本製の車だったこと。我が家の近隣はアメリカ車の販売店ばかりで日本製やヨーロッパ製の車は近くでは買えない。それ以上に気になった二つ目の魅力は、宣伝文の内容だった。



それから一週間、全米で私と同じような条件をもつ25万人の人々が販売店に殺到し、当初オバマ政府が用意した10億ドルが忽ち底をついてしまった。これが俗称クランカー計画(Clunkers Program:『クランカー』とは『役に立たない』,『ポンコツ』車のこと)と呼ばれる燃費向上対策の窮余の一策で、車の販売店も、オバマ政府も嬉しい悲鳴を上げ、この計画に更に20億ドル追加した。
それでも需要は高まる一方で政府の予算も限界に達し、8月24日の午後8時をもって、計画を打ち切り幕を閉じることになる。
そもそも昨年来、フォード、GM、クライスラーのビッグ・スリーが没落した最大の理由は、『パワー』に溺れていたからである。経営上の『パワー』、エンジンの『パワー』、そして「大企業は盤石」という迷信に固執していたことに尽きる。高級車、大型車、トラックなど、利幅の大きい車の販売で莫大な利益を上げ、その甘い夢を見続け、石油の高騰による売れ行きの引き潮を過小評価していた。それでもフォードだけは小型車や経済車の生産もしていたので破産を免れたが、アメリカ自動車産業の人員整理や、ディーラー数の削減などによる大量失業、経済的な悲劇は末端にまで及んだ。

まずビッグ・スリーに絶対要求をつきつけた。石油の輸入を減らすため、3年以内に1ガロンで最低35マイル(1リッターで15キロ)走れる燃費を持つ自動車を製造することを必須条件に掲げた。その要求を一般の購入者も含めて実現させるため、オバマ内閣は運輸局と協議し、US連邦車両報償リベート・システム(US Federal Car Allowance Rebate System: [CARS])を設定した。引き取ったポンコツは再利用することなく、特にガソリンを食うエンジン部分は粉砕すること、という厳しい条件がついていた。
沈滞していた車のディーラー達は、リベートの通達を受け、時を移さずプロモーションを開始した。前記の通り、消費者の反応は期待を大きく上回り、準備した10億ドルは一週間で底を尽き、さらに20億ドルが追加された。運輸局のレイ・ラフッド(Ray LaHood)秘書官は「この計画は自動車産業の活性化を促し、在庫の車が捌け、凍結していた生産工場が回転し始め、我々は山のようなリベート書類の処理に追われている」と語った。現在までの4週間に全米で売れた新車の数は16万台を超えている。
去る19日、オバマ大統領は「誰も予想していなかったほどの大成功」と計画の成果について満足の意を表明した。クランカー計画打ち切り後、業界が再び沈滞に戻ったら、その時こそ業界が自ら建て直す機会に敢然として立ち向かわねばなるまい。
そして驕れる敗残者ビッグ・スリーの経営者たちが、利潤の高い「売りたい車を生産」するのではなく、社会環境や消費者が求める「売れる車を生産」するよう目覚めることを願うばかりだ。
1 件のコメント:
アメリカ経済の復活は予断を許しません。クランカー計画の成功は手放しで楽観できません。巨大な石油産業が虎視眈々と『石油の必要性』に固執する限り、石油に代わるエネルギーの開発は早急に達成しなければなりません。
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