麻薬には勝てない
ニコラス・クリストフ(Nicholas D. Kristof)
2009年6月13日; NY Timesに寄稿
ニコラス・クリストフ(Nicholas D. Kristof)
2009年6月13日; NY Timesに寄稿
[編集から註:筆者が「勝てない」と言っているのは逆説だとお考え下さい。]
今年はニクソン大統領(Richard Nixon:上の写真)が麻薬絶滅作戦(Drug War)の方針を発表してから38周年になる。しかし、どうやら軍配は麻薬側に上がっているようだ。
元シアトル警察署長ノーム・スタンパー(Norm Stamper)は「我々はこれまで対麻薬作戦に1兆ドルも費やした。これを何と説明したらいいのだ?今、麻薬の在庫は需要に応ずるに充分の量があり、価格も下がっている。対麻薬作戦は大失敗だった」と私に語った。
という訳で彼は麻薬を合法化することに傾いている。多分、麻薬販売を同州の酒類販売店や公認の薬局と同等に扱うことを考えているのであろう。他の専門筋では、麻薬の製造や販売は違反行為としたまま、麻薬の所有は罪に問わないことにするという提案もある。既に外国で実施されている基準と足並みを合わせるということらしい。
では、我が合衆国で過去38年間の対麻薬作戦の結果はというと、次の3つが挙げられる。
第一に、我が刑務所に収容されている囚人の人口が著しく増加した。合衆国における囚人の人口は世界各国の平均数の5倍となっている。つまり、麻薬法違反で投獄された罪人が、1980年の4万1千人から現在の50万人に膨れ上がった。対麻薬作戦が始まる前は囚人人口は各国並みだったのである。
第二に、わが国内では犯罪者が、海外ではテロリストが各々勢力を拡大している。だから経済専門家の多くは、麻薬統制法を緩和することが好ましいと思っている。つまり禁治産宣告法が麻薬の価格を高騰させ、その利潤が南米の麻薬カルテルから、テロリストの本拠タラバンに至るまで、彼ら全ての資金を豊かにさせているからだ。それにどうやって対処するか、今年、メキシコ、ブラジル、コロンビアの元大統領たちは合衆国と協力体制で、一般の健康を考慮した禁煙キャンペーンの一環として、麻薬対策の新方針を検討している。
第三に、我々は資源を著しく浪費してきた。ハーバード大学の経済学教授ジェフリー・マイロン(Jeffrey Miron)によると、連邦政府、州庁、地方政府が、麻薬取り締まりのために年間441億ドル費やしてきた。我々は、麻薬の禁治産宣告、取り締まり、罪人収容に7倍も費やした。(州立監獄における14パーセントの麻薬中毒囚人の厚生治療も含む。左の写真:ドラッグ・ウォーで犠牲になった警察官の合同葬儀。メキシコでは2007年の1月以来、麻薬作戦に関連した双方で累計9903人が殺害された。)
私は麻薬が人々を滅ぼした事実を知っている。私の出身地オレゴン州のヤムヒル(Yamhill)で、大勢の人々が精製されたメタンフェタミン(crystal methamphetamine: 興奮剤)の常用で人生を破滅させてしまった。一方で、有害な麻薬の影響を減らそうと躍起になっている人々に対して、もっと良い方法があると説得力を持つスタンパー元警察署長のような人にも巡り会えた。
スタンパーは、アメリカの麻薬規制法の大々的な緩和に賛成する警察官、検察官、判事、一般市民から成る組織『禁止事項を改正し法律を強化する団体(Law Enforcement Against Prohibition, or LEAP)』の活動的なメンバーである。彼は1967年にサンディエゴの若い意欲的な警察官だったが、次第に対麻薬作戦の成果に幻滅を感じてきた。(右の写真:作戦中、犠牲者の血が舗道を流れる。)
彼は当時を回想して「大麻を自分の家で精製(左の写真)していた19才の青年を、容疑の情報を基に、私は文字通りドアを蹴り破って逮捕し、重罪の廉(かど)で監獄に放り込んだ。その後、逮捕とそれに関連した書類の作成に何時間も費やした。そしてその瞬間に(書類作成が)事実上、警察官の仕事なのだと思い知らされた」と語っている。
今日では、対麻薬作戦は失敗だったと大方が認めている。オバマ大統領が任命した麻薬取り締まり責任者ギル・カーリコウスク(Gil Kerlikowske)がウォール・ストリート・ジャーナル紙に語った所によると『対麻薬作戦』という用語を無くして囚人の教育や治療に力を傾けることになる模様だ。
麻薬規制法を緩和することの責任は重く、不確実性は高く、深刻な危害、、、麻薬常用者の増加を招くであろうことも考えられる。しかし過去における失敗に比べたら、その損失は微々たるものだ。麻薬が規制外だった1914年におけるコカインの使用量は今日の5分の1にしか過ぎなかった。大麻所有禁止令を撤廃した州では、その後の消費量は殆ど上がっていない。
メリーランド大学の犯罪学教授ピーター・ルーター(Peter Reuter)は、麻薬法強化を唱える一部のグループの主張には懐疑的で「大麻禁止令を撤廃して結果が悪くなるとは思われない」と言った上で「或はほんの少し使用量の増加が見られるかも知れない」と付け加えた。
要するに、我々は理想的な観念論を引っ込め、過去の体験から割り出した上でアメリカにおける麻薬問題に対応できる方法を探すことだ。最初一州か二州を試験的に限定して大麻の合法化を試み、公認された薬局に販売させ、その使用量や犯罪傾向の動向を測定してから判断を下したらよいのではなかろうか。
麻薬問題に関して再考慮を促しているのは私だけではない。ヴァージニア州の上院議員ジム・ウェブ(Jim Webb)によると、麻薬問題を含めた犯罪法規のあらゆる項目を再検討する大統領委員会を結成する立法を後援し「オバマ大統領も賛同している」とのことで「わが国の傷だらけな麻薬法は、犯罪法規全体を再検討するための理由の一部である」ということだ。
それは政治家として勇気ある姿勢で、我々一般国民が、アメリカにおける麻薬対処の将来に必要なリーダーシップの存在である。
[編集から:『対麻薬作戦』の詳しい経緯にご興味がありましたら、下記のドキュメンタリー映画(2時間)をお奨めいたします。題名をクリックするとご覧になれます。但し、日本語の翻訳タイトルは付いていません。]
"American Drug War: The Last White Hope"
1 件のコメント:
麻薬取り締まりの緩和は慎重に願いたいものです。
ご成功をお祈りいたします。
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