2010年1月25日月曜日

グーグルの良心「悪役になるな」

高橋 経(たかはし きょう)

事の起こり
中国におけるグーグル(Google Inc.:上の写真)の検索エンジンサイバー攻撃(cyber attack)を受けたとし、去る12日、犯行者不明のまま政府の言論統制に抗議して中国支社を閉鎖すると発表した。日米各新聞は憶測も交えて次々と報道されている。なぜ一企業の進退がかくも大きなニュースになるのであろうか?このJA Circle のブロググーグルによるサービスの一環だし、その検索エンジンを十二分に活用しているから他人事ではない。

それにつけても思い起されるのは『検閲』、『発禁』、『言論統制』などが日本国民の自由を奪い、美濃部達吉(みのべ たつきち)、矢内原忠雄(やないばら ただお)、津田左右吉(つだ そうきち)ら良識ある学者たちが弾圧された昭和初期の暗黒時代のことだ。今の中国政府の方針には背筋が寒くなる思いがする。


すでにご存知の方も多いと思うが、麻の如く交錯したインターネットの出来ごとを改めて見直してみよう。

グーグルと検索エンジンとは?
1997年頃、コンピューターに熱中していたスタンフォード大学の学生、ローレンス・ペィジ(Lawrence E. Page)サーゲイ・ブリン(Sergey M. Brin)の二人が、カリフォルニア州メンロー・パーク(Menlo Park)の友達のガレージで検索エンジンを開発した。(右の写真:最初のグーグル製サーバーの一つ。安価なハードで組み立てられ、間違いが多かった。)1998年9月4日にグーグル社を創立した。検索エンジンとは、簡単な例が、ワープロで検索したい言葉を入力すると文章の中からその言葉にマッチした『字綴り』を拾い出してくれる。そうした機能を拡大させ、インターネットのように途方もなく膨大な文書の中から検索したい言葉を探し出す能力を持つソフトとハードを組み合わせた装置が、グーグルの心臓部とも言える検索エンジンである。

資本金100万ドル余り、当初は検索中に広告が現れるのを嫌っていたが、直ぐ気が変わり『文字だけの』広告なら扱うことにした。これが当たって資本が急激に増加した。翌1999年には、いわゆるシリコン・ヴァレィ(Silicon Valley)と異名があるパロ・アルト(Palo Alto)に移り、2003年にはマウンテン・ヴュー(Mountain View)のビルディングをシリコン・グラフィックス社(Silicon Graphics: CGI)から借り、2006年には3億1千9百万ドルで買い取って今日に至っている。(左の写真、左から:シュミッツ、ブリン、ページ)

職場は学級の延長そのもので自由気ままといった感じ、レストラン並みの料理がカフェテリアで食べられるといった気軽な環境を醸し出している。それでも社則とも言えるモットー悪役になるな(Don't be Evil)」という戒めは厳しく守っている。


グーグルの多様化

グーグルは必ずしも独走ではなかった。ヤフー(Yahoo)その他の競争会社があり、勝ち残るには常に時代を先取りする必要があった。2004年に新規に株式を公開し、それで17億ドル近くが手に入った。本来、インターネットがビジネスの本舞台ではあったが、2006年の初頭に電波広告媒体としてディマーク(dMark)という宣伝ラジオ会社を買収し、同時に印刷媒体の利用価値を求め、特定の広告物をシカゴ・サン・タイムズ(Chicago Sun-Times)に載せた。


グーグルの買収

検索エンジンに多機能を持たせるために、ウエブサイト上で様々な能力を持つ会社を次々に買収した。航空写真が専門のキーホール(Keyhole)を2004年に買収しグーグル・アース(Google Earth)と改名、地図が専門のアダプティヴ・パス(Adaptive Path)からメジャー・マップ(Measure Map)を2006年の2月に入手、その年の末にビデオ専門で人気絶頂のユー・チューヴ(YouTube)を16億5千万ドルで買収、その他数社をそれぞれ億ドル単位の価格で買い取った。

グーグルが提携したパートナーシップ
2005年以来、グーグル米航空宇宙局(NASA Ames Research Center)のような政府機関や、民間企業との提携を始めた。その中には、サン・マイクロシステムス(Sun Microsystems)、タイム・ワーナーのアメリカ・オン・ライン(AOL of Time-Warner)、マイクロソフト(Microsoft)、ノキア(Nokia)、マイスペース(MySpace)、ニュース・コア(News Corp.)、ライフ誌(Life Magazine)など目立った企業が含まれている。


広告によるグーグルの収益
グーグルの総収益の99パーセントは広告からで、2006年度の収益は104億9千2百万ドルとなっている。


グーグルのソフト開発

もちろん、検索エンジンが創業の出発点であり、同社の最も人気の高いソフトである以上、その市場占有率は65.6パーセントとほぼ独占に近いトップに立っている。世界中のウエブサイトは何十億ページとあるが、グーグルではその索引を整えてどんな検索にも応じられる。今や検索は言葉だけでなく、映像、商品、報道、その他の分野からも探し出せるようになった。また、ウエブ・デザインのソフト、写真アルバムのピカサ(Picasa)描画のソフト、そしてGメール(Gmail)がアドレスに含まれている電子メールのサービス、それと冒頭で言及した当JA Circleが利用しているブロッガー(Blogger)というブログ用のサービスも行っている。


グーグルの野心的な図書の電子化

(当ブログの2009年11月に公開した『図書館よ、書籍よ、永遠なれ』と『読書はエレクトロニクスで』を参照)

グーグルの中国進出

グーグルが2006年の初頭に中国へ進出した時、目的は中国3億人のウエブ使用者に情報の窓を大きく開くことだった。しかし「悪役にならない」よう『検閲』、『発禁』、など中国政府の方針に合意したため、その本来の目的『情報の窓』という機能に反したジレンマに直面した。一例が、「悪者になるな」という社のモットーに沿って中国政府の方針通りに天安門事件の真相(左の写真は、戦車の前に立ちはだかるデモ隊の一員)をビデオで見せるユーチューブを抑えてしまったら、『情報の窓』を閉じるのと同然だ。ノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ(Dalai Lama)の名は中国では禁句でさえある。

最近では、中国で人権問題の活動家たちGメールが何者かに侵犯され、彼らの活動や交信が監視されていることが判った。こうした行為をサイバー攻撃(cyber attack』と呼ぶ。明らかにスパイ用ソフトが不当な目的で使用されているに違いない。今の所、それが政府の差し金なのかどうか決定的な証拠はないが、疑う余地は政府以外に全く考えられない。他の企業でも33件、人権問題の活動家たちGメールを対象に侵犯行為があったことが判っている。その中にはアドービ・システムス(Adobe Systems)、ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)、ジュニパー・ネットワーク(Juniper Network)、ヤフー(Yahoo)などが含まれている。

撤退によるグーグルの損失
中国におけるグーグルの収益は昨年で3億ドル、それを放棄したところで国際収益の220億ドルに比べれば、微々たる損失にしか過ぎない。しかし、グーグル社の代表取締役エリック・シュミッ
(Eric E. Schmidt:上掲の3役員の写真で左)は、中国における向う5年間に行われる商取引の将来性を高く評価し、インターネットの言語は商業的に中国語がもっと使われるだろう、とさえ予想していた矢先である。

また撤退することによって失業する600名余りのグーグルで訓練を受けた中国人技術者が、バイデュ(Baidu: 百度)など現地最大の検索エンジン会社に採用される可能性がある。そうしたら、グーグルは競争相手を強化させることにもなる。


グーグルの姿勢に対する反応

グーグルの法律部長デヴィッド・ドラモンド(David Drummond)「我々は業務上の損得で現地に止まるかどうかの決定は下しません。問題は、正しい信条に従って業務を遂行できるかどうかです」と言う。確かに同社の幹部や社員一同言論の自由あってのグーグル社であると固く信じている。(右はグーグルの本社)

グーグルに対してしばしば批判的だった自由市民グループのエレクトロニック・フロンティア・ファウンデーション(The Electronic Frontier Foundation)でさえ、グーグルの撤退を賞賛している。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)「良い前例を作った」と同調。

アメリカ政府は、オバマ大統領をはじめ、民主党、共和党ともにグーグルの姿勢を支持している。 去る22日、ヒラリー・クリントン(Hillary Rodham Clinton)国務長官は、公式に中国に対して検閲制度を非難し、情報の流通を自由に開放するよう申し入れた。

中国がこの先どう対応するかが見ものだが、容易に折れるとは思えず楽観はできない。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

中国政府は真相を隠し、不透明なことが目立ちます。自由に発言できないことに抗議している中国の若い世代、そしてそれが目に見えない形で弾圧されていることには同情に堪えません。
『革命』などという血なまぐさい行動でなく、政府の方針を改善する方法はないものでしょうか?