(東京発) 当年90才のドナルド・キーン(Dr. Donald Keen)博士、やや前かがみで小柄な容姿、そのつつましく謙虚な応対から、至って繊細で脆い印象を受ける限り、この人が敗戦で崩壊した日本に立ち直る勇気を与えてくれた人物だったとはとても考えられない。だがそうした外観をもつ生粋のニューヨーク子で、コロンビア大学の文学部教授から引退したその人は、今や、日本を終生の国として選んだのである。 昨年の地震津波、続く福島第一原発の放射能汚染などの災害以来、多くの外人居住者達が日本から逃れていったにも拘らず、キーン博士は逆に意図的に日本へ戻ってきた。のみならず、博士は日本の市民権を獲得し、傷ついた日本に援助の手を差し伸べる意志を表示したのである。
太平洋戦争の末期、アメリカ海軍の下士官で、日本兵捕虜の訊問にたずさわっていたキーンは、合衆国で日本研究(founder of Japanese studies)を創設した。こうした業績が認められ、外人としては稀な賞を天皇から授与され、又その貢献により日本で最高の文学者たちと知遇を得ることになった。既に特筆に値いする経歴を持つもの静かで遠慮がちな笑みを浮かべる人が日本に帰化した事実は意外ともいえる絶頂期に立った。
キーンは、その語学力を活用し、級友数名と共にアメリカでは初めての『日本を学術的な面から研究する(academic studies of Japan)』先駆者となった。アメリカ人の間では、キーンは日本文学について2巻に及ぶ翻訳と編纂を完成し、何世代もの大学生に紹介したことで知られている。彼によると、当時までアメリカ人の間で、日本文学は事実上殆ど知られていなかったそうだ。「私が思うに、私が欧米に日本文学を紹介するのに、それを大学の文学正典の一部とさせるという手段をとったのがよかったのでしょう」と言うキーン博士は、日本文学と歴史に関する書籍を25册も著述し発表してきた。
CD (Compact Disc)は、既にLPレコードやカセット・テープを駆逐し、音楽の媒体を占有していた。それまで『音』だけを収録していたCDが、文書や画像も収録できるようになった。これに従って、この以後に製造されたコンピューターにはCDドライブが内蔵されるようになり、CDの内容をスクリーン上で見ることができる。さらに音声も聞かれる『百科事典』や『雑誌』『カタログ』が発売され、また無料の宣伝材料にも応用されている。
◆ 電子書籍の静かな本格化:1999年
「開けゴマ!」ならぬ「開けイーブック: Open eBook: 」は一般に知られないまま、古典文学や教科書の分野を開発し始めていた。まだ商業的な存在ではなかったが、、、。
シャンソン『枯葉』で唱う「The falling leaves drift by the window, the autumn leaves of red and gold」の季節になった。ハロウィーンも近い。私達の住む地域に子供のいる若い家族が最近増えたので、今年は「Trick or treat(トリック・オア・トリット)」に来る子供が多いかもしれない。ハロウィーンで子供に渡すキャンデーはチョコレート・キャンデーが多い。いつも余分に用意するので、残った分は私が朝食後のコーヒーと一緒に食べることになる。
貧しい家庭に育った少年チャーリー・バケット( Charlie Bucket) が買ったチョコレートの包紙に大当たりの金賞が入っていた。チョコレートを買った世界中の多数の子供の中で金賞をあてたのは Charlie を含めてたったの5人。この幸運な子供たちは Willy Wonkaのチョコレート工場へ招待される。色々なものがチョコレートでできた工場内を案内された子供たちは、やってはいけないという約束を破って、こっそりつまみ食いをしたり飲んだりしてしまう。ただ一人 Charlie は約束を破らなかった。Mr. Willie Wonka は Charlie が正直なのを認め自分の跡継ぎに選ぶ。メデタシ、メデタシ。この話はチョコレート工場だから子供たちが楽しむが、これがチーズ工場だったら臭くてメルヘンにならない。
しかしチョコレートは本来大人の嗜好品であった。古代マヤ人にとって神聖な食べものであったチョコレート(ココア)は1500年代にヨーロッパへもたらされ、王侯貴族や富裕階級にココア飲料として供された。フランスの Louis XV皇帝や、稀代の好色家カサノバ(Casanova)はココアに催淫効果(Aphrodisiac)があるということで愛用した。チョコレートはこうした背景や、恋人への高価な贈り物として喜ばれることからロマンチックな愛情表現と結びついた。ただし催淫効果についてはいまではあまり信用されていない。
T.S. エリオット(T.S. Eliot)は、20世紀中に最も傑出した英国の詩人に違いないと思う。彼は「私の人生はコーヒーのサジ加減で測れる」と見事な表現をしている。私は諸手を挙げて共感する。アメリカはニューヨークからサンフランシスコまで、ヨーロッパはスカンジナビアからスペインまで、そして極東は日本、コーヒー党は夜明けからコーヒーなしではその一日が始まらない。熟練した手で、コーヒーの豊かな、艶やかな、カフェインをたっぷり包んだ豆を焙じて、古風な機械ですりつぶし、香り高い琥珀の液体が絞り出される。