2012年10月19日金曜日

チョコレートよ、なくならないで!

志知 均 (しち ひとし)
2012年10月

シャンソン『枯葉』で唱う「The falling leaves drift by the window, the autumn leaves of red and gold」の季節になった。ハロウィーンも近い。私達の住む地域に子供のいる若い家族が最近増えたので、今年は「Trick or treat(トリック・オア・トリット)」に来る子供が多いかもしれない。ハロウィーンで子供に渡すキャンデーはチョコレート・キャンデーが多い。いつも余分に用意するので、残った分は私が朝食後のコーヒーと一緒に食べることになる。

子供のメルヘンの世界にチョコレートは欠かせない。たとえば 『ウイリィ・ウォンカとチョコレート工場(Willy Wonka & the Chocolate Factory)』 の話(ロールド・ダール:Roald Dahl の子供向けの話 (1964) がミュージカル(1971) になって有名になった)。





貧しい家庭に育った少年チャーリー・バケット( Charlie Bucket) が買ったチョコレートの包紙に大当たりの金賞が入っていた。チョコレートを買った世界中の多数の子供の中で金賞をあてたのは Charlie を含めてたったの5人。この幸運な子供たちは Willy Wonkaのチョコレート工場へ招待される。色々なものがチョコレートでできた工場内を案内された子供たちは、やってはいけないという約束を破って、こっそりつまみ食いをしたり飲んだりしてしまう。ただ一人 Charlie は約束を破らなかった。Mr. Willie Wonka は Charlie が正直なのを認め自分の跡継ぎに選ぶ。メデタシ、メデタシ。この話はチョコレート工場だから子供たちが楽しむが、これがチーズ工場だったら臭くてメルヘンにならない。

しかしチョコレートは本来大人の嗜好品であった。古代マヤ人にとって神聖な食べものであったチョコレート(ココア)は1500年代にヨーロッパへもたらされ、王侯貴族や富裕階級にココア飲料として供された。フランスの Louis XV皇帝や、稀代の好色家カサノバ(Casanova)はココアに催淫効果(Aphrodisiac)があるということで愛用した。チョコレートはこうした背景や、恋人への高価な贈り物として喜ばれることからロマンチックな愛情表現と結びついた。ただし催淫効果についてはいまではあまり信用されていない。


現在、世界で年間に消費されるチョコレートはコストにして900億ドルに達する。チョコレートを合成するカオの木(Theobroma cacao)は赤道の南北18度の地帯にしか生育しないので栽培はきわめて限られている。カカオのサヤ(pod)から集めたタネ(seed)を醗酵させ乾燥してできるココアからチョコレートを作る。マヤ人がチョコレートを神聖な食べ物とよんだのはそれに薬理作用があることを知ったからであろう。最近判ってきた効果としては、ココアに含まれるフラボノイド(flavonoid)の抗酸化性、血圧や血中LDLコレステロールを下げる効果、抗炎症活性、ココアの成分であるセロトニン(serotonin)による抗欝作用、同じくココア成分のセオブロミン(theobromine)の抗菌作用による虫歯予防などがある。このようにチョコレートは嗜好品としてだけでなく薬用としても用途があるので今後の需要が高まることはまちがいない。


焙じたカカオのタネ
ところが…マスコミがあまり騒がないので一般に知られていないが、チョコレートの原料を生むカカオの木が、絶滅とまではいかないまでも極度の脅威にさらされている。その原因は、地球全体の気象変化、病菌、害虫の被害、カカオ栽培農民の貧困などである。世界のココアの70%がアフリカ西部の諸国(アイヴォリーコースト、ガナ、ナイジェリア、カメルーンなど)で生産される。残りはブラジル東南アジアの諸国(インドネシア、フィリピン、ベトナムなど)で作られる。カカオは中米のエクアドルメキシコ原産であるがポルトガル人、スペイン人によってアフリカやアジアへもたらされた。

カカオの木は高温多湿を好むが近年の気象変化のため雨量不足で育ちが悪く、逆に開花期に集中豪雨があると花が散らされてしまう。病虫害としては、カカオのサヤにとりついてタネをできなくする菌の害(frosty pod rot)や、サヤに穴をあける(ガ:pod borer)の被害がある。後進国、特にアフリカでカカオ栽培に従事する者は貧農が多く、肥料や殺虫剤などを十分買う余裕がない。また労働の割りに収入が少ないのでカカオ栽培を止める者も増えている。現状を放置すれば2020年までにカカオ生産量は現在の半分になるといわれる。ではどうすればよいか?栽培技術の改良、灌漑の完備、病虫害に対する抵抗性を高めるための品種改良などやることはいろいろある。しかし、カカオ栽培は主食作物の栽培ではないので生産国の政府の支持が期待できない。Bill & Melinda Gates財団などがアフリカのカカオ栽培農業の改善に財政援助を始めていると聞く。こうした援助活動が増えることが切望される。

敗戦後、まだ日本人が食糧難で飢えていた頃、闇市で買ったアメリカ製のチョコレートの美味かったこと…庶民には高価だったが。そんな時代を思い返して気がついた。輸出振興で景気がよくなり、所得倍増政策で国民の生活レベルが上がってくるにつれ、食生活が贅沢になりチョコレートは簡単に入手できるようになった。チョコレートが買えるかどうかは生活水準の指標のひとつになっていたのだ。現在の中国のように中産階級が増えている国ではチョコレートが買える人の数が増えているに違いない。他方、貧しくて内戦やテロ行為が続いている国ではチョコレートを買う余裕のある人口は少ないことだろう。


時代は違うが、いみじくも啄木が詩に書いている。「…冷たるココアのひと匙を啜りて、そのうすにがき舌触りにわれは知るテロリストのかなしきかなしき心を」。

誰もが甘いココアの味を楽しめる世界にしたいものだ。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

美味しくて甘いチョコレート。でも、食べ過ぎないように!