2012年3月26日月曜日

ヒトを殺す権利

何人(なんびと)と言えども、ヒトを殺害する権利はない、と私は信じている。凶悪な殺人を犯した罪人を法的に裁き、断罪、つまり死刑に処する行為をも含めてである。だが今回のブログでは、この死刑反対論は後日に譲る。

事の起こりは去る2月26日に遡る。

その夜、フロリダ州、サンフォードの住宅地を、トレイヴォン・マーチン(Trayvon Martin)なる少年がコンビニ店で買い物をして歩いていた。それをジョージ・ジマーマン(George Zimmerman)という28才の自警団員が『直感的に不審なもの』を感じ、少年の後をつけ始めた。その後の行動は、ジマーマンが携帯電話で警察に報告した録音が証拠として残っているだけで、二人が争ったかどうかの詳細は今のところ推測以外のものではない。


結果として自警団員ジマーマン『身の危険を感じ、自衛のため』丸腰の少年を射殺してしまったのである。


殺された少年が黒人で、殺した自警団員が白人だったことから、この事件は『人種偏見』問題に移行し、抗議集会やデモが繰り広げられるという事態に拡大し、現場状況は曖昧のままくすぶり続け、ジマーマンは世論に従って逮捕されたが、未だにマスコミが連日取り上げている。

「銃器所有で自由を守ろう」対「銃器の不法使用に正しい裁きを」
さて、この事件の今後の成り行きは報道関係に譲るとして、本題に入ろう。



アメリカ全州ではないが、フロリダ州を含めて大半の州で、自己防衛(Stand Your Ground)が立法化されている。自己防衛法とは、(自警団員に限らず)アメリカ市民は、身に危険が迫った場合は(防衛のため)相手を射殺しても差し支えなく、そのことで逮捕されたり起訴されなくて済む権利がある、というのである。
銃が頼りだった時代が今でも
銃で征服した西部開拓当時の心的傾向がそのまま受け継がれているのである。

15年ほど前のことである。ハットリ某という日本の少年がカンサス州に留学していた。ハローインの前夜、白人の友達に誘われ、戸別訪問してキャンデーをねだる行事に参加した。ある家の扉を叩いた時、その家の主人が窓から表を見て、ハットリ君の挙動を『不審』に感じ、ライフル銃をとり「フリーズ!(動くな!)と怒鳴った。途端にハットリ君が(主人に言わせると)『敏捷で奇妙な動き』をしたので射殺されてしまった。


多分フリーズ!(Freeze!)」プリーズ(Please: どうぞ)」と聞き違えたのだと思うが、死人に口なしで、その真相は不明のままだ。ハットリ君を射殺した主人が逮捕もされず、起訴もされなかったことはお察しの通りである。ハットリ君のご両親の憤懣は想像を絶するが、その後何年も告訴し続け、お気の毒ながら射殺者の『正当防衛』という立場が守られたまま謝罪したことで、最終的に妥協する以外はなかったようだ。

一体どうして西部開拓時代の心的傾向が綿々と文明社会のアメリカの法律に生きているのであろうか。

先ず第一に考えられるのが全米ライフル協会(the National Rifle Association)の院外での圧力活動である。200年余り前に設定されたアメリカ憲法の中で示されている権利の一つに自己防衛の権利がある。『自己防衛の権利』は銃器を所有する権利に他ならない。同協会は、多額の政治献金をし『銃器所有の権利』を堅持している。銃器メーカーが背後に控えていることは言うまでもない。
銃器の選択は選り取り見取り、誰でも簡単に購入できるのが社会問題だが、、、
一方で、ケネディ大統領、ボビィ・ケネディ上院議員、マーチン・ルーサー・キング師、ビートルズのジョン・レノンなど、銃器による暗殺事件、高校での乱射殺人事件などが後を絶たず、銃器の根絶を叫ぶ団体が活動していることも事実である。残念ながら、過半数のアメリカ人が『銃器を所有する権利』を享受し守っているのが実情であるため『銃器の根絶』は実現しそうもない。

全米ライフル協会と並んで、あまり知られていないがアメリカ立法安定評議会(the American Legislative Exchange CouncilALEC)という団体がある。この評議会は、表面的には政治活動はしていないと表明しているが、実際には保守的で巨大企業の数々が財政的に援助している。『立法安定』とは法を守るべく存在しているだけの印象を与えるが、実際には法案を『作成』し、巧みに実施させている。


例えば、同評議会がヴァージニア州で50件以上の法案を作成し、その殆どが可決され立法化された。冒頭に掲げた自己防衛(Stand Your Ground)の立法化もその一つ。その他には、労働組合の不能化、環境保護運動の弱体化、大企業や富豪の税率軽減、学校や監獄の私立化、などなど、いずれも既存企業の利益や、新しい営利事業の設立を助ける法案ばかりである。全米ライフル協会と目標を共にし、同様な企業から財政援助を得ていることから、同協会と評議会との腐れ縁は当然の癒着関係にあるようだ。

ヒトを殺す権利を含め不当な利益の正当化に至るまで、アメリカの良き時代の資本主義は薄汚くなってきているようだ。 

編集:高橋 経 / 参考資料は、NYT; 3月25日付けポール・クラグマン(Paul Krugman)の評論『Lobbyists, Guns and Money』から

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

銃器は魔物です。弱者を強者と思わせ、臆病者を勇者にしてしまいます。それが錯覚であることに、本人が気付いていないことはバカげて恐ろしいことです。