アリ・カーペル(Ali Karpel)
ロサンゼルス発 2009年3月19日、
NYTの評論から
NYTの評論から
[編集からお断り:日本での映画の題名が不明なので、全て英語の題名の直訳です。もし日本で通用している題名をご存知でしたらお知らせ下さい。]
大学時代からの友人二人の話。一人はテレビ俳優、もう一人はモノ書きになるつもりの男だが未だに認められていない。俳優男はガールフレンドと結婚する直前、モノ書き男はワインに熱中している、といった状況で何となく独身同士でカリフォルニア沿岸に散在するぶどう酒農園の探索ドライブの旅を始める、といった設定である。
似たような話をどこかで聞いたことがある、ですって?それもそのはず、2005年に制作され、アカデミー最高映画賞の候補になった『寄り道(Sideways)』(最高脚本賞を受賞した)を下敷きにした筋書きだからだ。ただ、この作品が違っている点は、配役が日本人だということである。[右上:原作の『寄り道』、左から:サンドラ・オー(Sandra Oh)、トーマス・チャーチ(Thomas Haden Church)、ヴァージニァ・マドスン(Virginia Madsen)、ポール・ジャマッティ(Paul Giamatti) / 右下:日本版の『寄り道』左から;なませ・かつひさ、こひなた・ふみよ、すずき・きょうか、きくち・りんこ]
近年、中国、ロシア、日本、各国の映画産業は急速に成長し、特にアメリカの撮影スタジオでは、製作に当たって「国際感覚で、地元に即した行動を」を合い言葉に対処している。殆どのスタジオは輸出を念頭において、自国語で製作した映画をそのまま配給していた。一部のスタジオでは、手持ちの作品は棚上げにして、既製の当たり映画を(中堅の俳優も含めて)未開拓の観客用に焼き直し製作している。
ウォルト・ディズニー社は、その『高校ミュージカル(High School Musical)』を小規模スタジオに製作を委ね、歌えて踊れる10代のタレントを使って焼き直し製作をしてきた。2004年にキム・バシンガー(Kim Basinger)を主役にして作られた誘拐事件がテーマの『セルラー(Cellular)』の改訂版は、既に中国で再制作された。パトリック・スェージー(Patrick Swayze)とデミ・ムーア(Demi Moore)のコンビで大当たりした『幽霊(Ghost)』[左の写真]や、メラニィ・グリフィン(Melanie Griffith)とハリソン・フォード(Harrison Ford)のコンビでヒットした『職場の女性(Working Girl)』[右の写真]は日本語に翻案され再制作の最中だ。
日本版の『寄り道(Sideways)』は、(仮に同題名としておく)異文化の触れ合いという意味で充分に魅力的な題材である。原作では、舞台はカリフォルニアに設定され、ワインに関わる会話、追いつ追われつ、嫉妬に狂った殴り合いとか、ワインのがぶ飲みなどをたっぷり堪能させられた。
他にも細部のエピソードは変更されている。二人の主役(マイルス[Miles]とジャック[Jack]の代わりに道雄と大助)は、目的地を定めずサンタ・バーバラへ向かう代わりに、ロサンゼルスからナパ・ヴァレィに向かう。日本でぶどう酒の販売が好調に伸びている背景もあり、コミック本で世界最高のぶどう酒を求めて行脚する筋書き『神のしずく(The Drops of God)』の影響力も甚大で、、、余り知られていないぶどう酒の産地サンタ・バーバラでは観客を動員できないという予測があったからであろう。またナパ・ヴァレィを目的地に仕立てたのは、観光的風物を挿入できたからでもある。新しい映画の監督セリン・グルック(Cellin Gluck)は「カリフォルニアを舞台にしたらゴールデン・ゲート橋を避けるわけにいかない」と語っていた。
新作の『寄り道』では、原作でポール・ジャマティ(Paul Giamatti)扮するマイルスがフランス製ワインを嫌って「誰かがメルロゥ(フランス、ボルドーの赤ワイン)を注文しやがったら、俺は出てくぞ!」と大声で口汚く罵る強烈なシーンはない。
新『寄り道』の制作者がカリフォルニアのワイン醸造所を舞台に選んだことに対して、周囲は余り乗り気でなかった。一方最初の『寄り道』公開以後、アメリカ・ワインのピノ・ノワールの売り上げや醸造所の見学観光が急上昇し、その反動でフランス製ワインの人気が落ちた。フロッグズ・リープ(Frog’s Leap)醸造所の販売マネージャー、テリー・ジョアニス(Terry Joanis)は「皆がピノ・ノワールを作っているわけじゃありません。まだ多くの醸造所でメルロゥを作っていますよ」と語っていた。
キャンペーンの後で、製作者は異様な不可知論でフロッグズ・リープ、ベリンジャー(Beringer)、シャンドン(Chandon)などの醸造元は、レストランなどと共に観光客が立ち寄る場所として登録してあるから、と説明している。結果として、そうした場所を舞台に選んでパロディ風な挿話を盛り込んでいる。例えば、ワインのラベルを大写しにするとか、実際に醸造職人が働いている場面を挿入するとか、作者の思い入れが随所に見られ、また『カリフォルニア州カリストガ(Calistoga)のオールド・フェイスフル・ガイザー(Old Faithful Geyser)へようこそ』などという台詞まで盛り込まれている。
グラックは、そうしたコマーシャルめいた盛り込みについて「良い方法で投資の元をとるために」と弁解している。「我々は観光映画を作るつもりはありませんが、小規模の映画製作を成功させるために、他の手段はありません。」と言った後で、「もしこの映画が収益を上げたら、背景で製作を援助してくれた人達のお陰です」と付け加えた。ところで、最初の『寄り道』に製作費1700万ドルかけたのに対し、日本版の『寄り道』は300万ドルで仕上げている。
フォックス・インターナショナル社の幹部達は、一年前、日本で最大のテレビ映画製作会社のフジ・テレビが『寄り道』の翻案製作を提案してきたことが予想外だった。フォックス・インターナショナル社の社長サンフォード・パニッチ(Sanford Panitch)は「我々は、何であんな映画を、、、」と首をかしげた。しかし、彼は彼自身に盲点が多々あることも充分に承知していた。だから「もし我々が日本向けの映画を作るとしたら、日本流に作るしかあるまい」と結んでいた。
フジ・テレビの販売購入部の副ディレクター、宮沢とおるは、原作(そのままでは日本の観客には受け難いので)の縮小版をを再製作することを考えていた。「『タイタニック』とか『スター・ウォーズ』のような超大作を再製作するのは明らかに非常識な企画です。『寄り道』を選んだのは、センスの良いコメディで、ドタバタ喜劇ではないからです」と説明した。更に彼は「映画の主な観客は30代の後半から40代が中心で、主役の役柄が、そうした日本人観客層の興味をそそる海外旅行(や異文化)を象徴しているからです」と付け加えた。
ハリウッドが映画製作で外国語の作品を再製作することは別に珍しい手段ではない。無声時代が終ってトーキーが始まった頃から、映画会社は無声時代からの海外のファンを繋ぎ留めておく手段を考えていた。1930年代のローレル/ハーディ(Laurel and Hardy[左の写真])の喜劇コンビの作品を5カ国語別(英、仏、独、伊、西)に製作していた。1931年、ベラ・ルゴシ(Bela Lugosi)が『ドラキュラ』を昼間撮影する傍ら、夜になると同じセットの同じスタジオで、カルロス・ヴィラリアス(Carlos Villarías)扮するドラキュラのスペイン語版を撮影していた。
やがて音声の吹き替えで、同じ場面を違う言語で何度も撮影する必要がなくなり、映画会社は外国映画の焼き直しを国内の観客用に製作し始めた。黒沢明の『七人の侍』を基に翻案した『荒野の7人(The Magnificent Seven)』を1960年に発表[上の写真]、以来1980年代のコメディ『ビバリー・ヒルズを行ったり来たり(Down and Out in Beverly Hills)』はフランス映画の原案が基になっている、など再制作がハリウッド企画の重要部分になってきた。過去10年の間に、日本映画が主な翻案の仕入れ先になってきている。特に怪奇映画の分野で『怨恨(The Grudge)』は『呪怨』から、『ザ・リング(The Ring)』は『リング(Ringu)』から、といった具合だ。一方で、ボリーウッド(Bollywood)のような外国の映画産業は『親友の結婚式(My Best Friend’s Wedding)』などアメリカ映画を種に模倣作を製作している。
その点、日本版『寄り道』は正規に承認され、いうなれば原作の製作者たちから祝福された再製作である。原作『寄り道』の脚本家を担当した一人で監督のアレキサンダー・ペイン(Alexander Payne)は「何だかよく判らないけれど、原作より良いんじゃないの」と冗談半分で褒めていた。そして「いや、本当に楽しい作品だよ。注意して観ていたけど、非のうちどころがなかったよ」と付け加えた。
言い換えると、映画製作契約の基準によるとスタジオが思い通りの映画作りをする[不朽の]権利を持っているため、日本版(“Oh, I do?”)の幹部プロデューサーの肩書きも持つペインは再製作には殆ど関わっていない。それでもペインはフォックス社から敬意を表されている。 「私は『寄り道』の撮影中、その出来映えが気になって落ち着かなかったけど、今は安心したよ。だから新作にはそれなりの味があり、新旧の双子が並行線の世界でそれぞれ作品の生命があり、またそうあるべきだ」と説明している。
『寄り道』の著作権は日本版と共に、ペインと共同で脚本を書いたジム・ティラー(Jim Taylor)に属するほどに、アメリカの独立プロ日米混血の監督グルックの思いも同様であろう。グルックは幼い頃日本のアメリカン・スクールで学び、1989年製作の日米両国語映画で、日本へ捜査に出張したアメリカの警官役を演じたマイケル・ダグラス(Michael Douglas)主役『黒い雨(Black Rain)』の助監督を務めた経験がある。
スタジオの殆どは、このような海外での個人プロ製作は行わない。ディズニーが一連の『高校ミュージカル』製作に当たって、地域の観客に受けるように手直ししていたが(最初の2本はディズニー・チャンネルで流したテレビ映画だったが、3本目は国内向けに9千万ドル以上を売り上げ、その別に海外向けで1億6千万ドル稼いだ)、膨大な配給網の一部にしか過ぎない。『高校ミュージカル』は既にラテン・アメリカ向けにスペイン語版を再製作し、次は:ロシア向けと中国向けに、バスケット・ボールの代わりに空手などの武道と入れ替えて再製作している。
ワーナー・ブラザース社は車の高速追跡や、爆発シーンを盛り込んだアクション映画の中国向け再製作に肩を入れている。昨年製作の『セルラー(Cellular)』の翻案『繋げる(Connected)』は前評判もよく、将来性の高い市場でたっぷり650万ドルも稼いだ。
パラマウント社の国際劇場配給部門の社長アンドリュー・クリップス(Andrew Cripps)の談話によると、日本版『幽霊(Ghost)』の再製作は慎重に進めているそうだ。彼は「『幽霊』は日本の観客に受ける感情的、感傷的な要素が豊富に盛り込まれている。『寄り道』同様、台詞が鍵になっているドラマだ」と分析している。
撮影スタジオは海外の製作者たちから『取引所(Trading Places)』や『女性が望むこと(What Women Want)』などの再製作の引き合いがあるが、クリップスは「我々は日本版『寄り道』から学ぶことが沢山あるはずだ」とフォックス社の企画の成果を静観する構えでいる。
スタジオの幹部達はヒット作品の翻案で何が損失になるかは考えてもいないが、フォックス国際部では更に5作品ーー2本は1950年代から、2本は1980年代から、1本は1990年代からの作品ーーを数カ国向けに再製作することを検討している。その内1本だけパニッチ(Panitch)が洩らしたのは日本を舞台にした『職場の女性(Working Girl)』に着手したとのことだ。
その映画は『寄り道』と同様、コメディ、ロマンス、異国文化、などが軽快に混合した観察描写でーーこの場合は職場での女性についてーー6分野ものアカデミー賞候補となった。(『寄り道』は5分野)スタッテン・アイランド出身の秘書がマンハッタンの大企業で出世するという原作『職場の女性』のおとぎ話とは一味違った作品となるであろう。 パニッチは「2010年の東京の職場に舞台を移したら、原作に盛り込まれていた様々な現象は変更せざるを得まい。我々はそうした想定の再考をすることが製作に大きな刺激になるだろう」と言った。
日本版『職場の女性』の映画製作者たちはが、NBCが1990年に流した同題の12回連続シリーズ、サンドラ・バロック(Sandra Bullock)主演のコメディより優れた成功を収めることを期待している。
1 件のコメント:
「映画って愉しいですね」がトレードマークだった水野晴郎が最近亡くなりましたね。
本当に映画って今の世の中に欠かせないものですね。
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