また、メイジャイ(Magi)は、キリスト降誕を祝しに東方から来た三人の賢者。]

モゥリィン・ダウド(Maureen Dowd)
12月21日付け、NYTの随筆から
12月21日付け、NYTの随筆から

私の兄、ケヴィン(Kevin)がクレッシュの数々を収集していることを知ったからである。それらは、暖炉の上に、食卓に、カウンターに、芝生に、押し入れに、など家の内外至る所に全部で17個が置かれていた。その中には、私たちが子供だった頃、母が暖炉の上に飾っていたささやかなプラスチック製の『馬小屋』も混じっていた。
それらを見て私はひどく混乱してしまった。セールスマンである私の兄ケヴィンは、異教徒や一般的な祝日行事に抵抗を感じている『クリスマス』という名に狂信的な信奉者だったことは知っていた。
私は十代の頃、怪奇小説『ガラスの動物たち(The Glass Menagerie)』を読んで恐怖心にかられた記憶のせいかも知れない。でも本やレコードの話は別にして、人形や動物の置物は何やらうす気味が悪い。私の姉が集めていた道化師やドンキホーテは見るのも嫌だった。年長の従姉妹が収集していた陶製の赤ん坊などに至っては吐き気をもうよおした。

兄が子供だった頃、羊飼いのセント・ジョセフ(St. Josephs)や三人の賢者たちを活劇の登場人物と見立てていたようだ。ケヴィンに言わせると「羊飼いは羊を戦いの武器にしていたのさ」と面白そうに笑う。
それと思い出すのは、ある年、前庭に飾ってあった『生誕シーン』から羊飼いのセント・ジョセフの人形が盗まれ、兄は「なんでキリストの養父が新約聖書から突然姿を消しちまったんだ」とブツクサ腹を立てていたことがあった。
あの時の埋め合わせにセント・ジョセフを家中に飾り立て、おまけに3人の息子たちをセント・ジョセフという名の大学へ入学させたのだろうか?(下の写真はインド製、金属とライン石を使っている。)


ケヴィンは展示を見ながら、自分の収集がたった17点というのに引け目を感じ始めていたようだ。
ケンタッキー州オウエンスボーロー(Owensboro)から来たというボニー・サネスティル(Bonnie Psanenstiel)という体格の良い52才の看護婦が私に話したところによると、彼女のクレッシュ収集は500点余り、それを納めた一部屋を『生誕の祈祷室』と名付けていながら「私は余り信心深くありません」と言っていた。
ボニーの最初の収集は、オリーブからの手彫りで、高校時代に、子守りや掃除婦のアルバイトをしながらモロッコで4年間過ごしていた時に手に入れたものだそうだ。

ボニーは、『生誕』は『新生』に通じると信じている。
(この後、神父を含む収集家数人とのインタビューが述べられているが、省略)

残念ながら、私の買い物で兄との信条の違和感を縮めることはできなかった。不快そうな面持ちで私のクレッシュを眺めていたケヴィンは「聖母マリアに尻尾をつけるなんて、神を汚すにもほどがある。」
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