ブルース・ウェバー(Bruce Weber)
5月1日付け、NYTより抜粋
5月1日付け、NYTより抜粋
芸能界の名門に生まれ育ち、その血筋を受け継いで舞台や映画に出演し、劇作の脚本も書いていた女優リン・レッドグレーブ(Lynn Redgrave)は、2003年に乳ガンの手術を受けて以来、放射線治療を続けていたが、去る5月1日、コネチカット州ケント市の自宅で息を引き取った。享年67才。

リンは ロンドンのセントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマ(the Central School of Speech and Drama)で学び、初舞台は1962年、ロイヤル・コート劇場(the Royal Court Theater)で公演された『真夏の夜の夢(A Midsummer Night’s Dream)』だった。その後、ローレンス・オリビエ(Lawrence Olivie)、ピーター・オツール(Peter O'Toole)を始めとしてそうそうたる舞台人たちから実地に教えられた。


1966年、当時23才だったリンが題名役の『ジョージィ・ガール(Georgy Girl)』で主演した。中年男の役はベテランのジェームス・メースン(James Mason)、若いジョージィに年甲斐もなくベタ惚れする、という筋書きである。リンはこの肥ってたくましい役をこなす為に6キロ余りの増量したということだ。これでアカデミー主演女優候補に上ったが、受賞はできなかっ

リン・レッドグレーブが初めてブロードウエーの舞台に立ったのが1967年、ピーター・シェィファー(Peter Shaffer)作の『ブラック・コメディ(Black Comedy)』。以後サマセット・モーム作(W. Somerset Maugham)『誠実な妻(The Constant Wife:左の写真:ケィト・バートンと共演)』他、『ウォーレン夫人の特技(Mrs. Warren’s Profession:1976年)』、『聖女ジョアン(Saint Joan:1977年)』などを含めて数々の舞台に立った。
リンが最初に書いたの劇作は『私の父に贈るシェークスピア(Shakespeare for My Father)』で1993年にブロードウエーで公演された。この筋書きは、彼女が幼かった頃、父の存在が遥か彼方で孤独だったことや、姉や兄の思い出を綴ったものである。その挿話の一部には、姉や兄が世界的に有名な地位にあり、自分を『負け犬』になぞらえていた。

数ヶ月前、リン・レッドグレーブは劇作の執筆について「私は自分のために好きで書いているの。でも他の人達のことだって考えているわ」と語っていた。
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1966年、リン・レッドグレーブが演じた『ジョージィ・ガール』の大胆な演技は、脳裏に焼き付き、未だに忘れられません。
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