2012年6月20日水曜日

毒にもクスリにもなる話


志知 均(しち ひとし)
20126

どこの家庭でも洗面所のクスリ棚(medicine cabinet)の上には胃薬、風邪薬、鎮痛剤など多種多様のクスリが並んでいる。特に老人(シニア)が家族の中にいるとクスリの数が多くなる。医者は対症療法であちこちの身体の故障に合わせてクスリを処方するので、病気がちのシニアは毎日多種類のクスリを飲むことになる。


60才以上のアメリカ人シニアの220万人以上が毎日、血圧や血糖を下げるクスリ,心臓病のクスリ,呼吸系疾患のクスリ,甲状腺ホルモンなど複数のクスリを飲んでいるといわれる。クスリとクスリが『喧嘩(けんか)』して有害な副作用を起こすことがあるが、お互いに連絡がない複数の医者が処方したクスリを多種類のんでいる場合この可能性は高くなる。例えば、利尿剤(thiazide)はインシュリンの血糖降下作用を阻害するし、血栓防止薬 warfarin (coumadin)の作用はアスピリンを併用すると強化される。warfarin安全濃度の幅が小さいクスリ(narrow therapeutic range [NTR] drugsと呼ばれる)で、血中濃度が25%上がっても危険である。

『家庭の医学』などの出版物から病気についていろいろ知識がある人でも、クスリについては無関心なことが多い。そこでこの小文ではクスリについて注意すべきことをいくつかひろってみた。クスリの名前などなじみのない単語がでてきてわかりにくい記載があるかもしれないがご容赦されたい。

クスリの効果を決める要因は二つある。即ち、体内に吸収されるかどうか、また吸収された後、どれくらいの時間体内に残るか。

まず吸収について。クスリの吸収にとって重要な小腸や、肝臓、腎臓などの組織の細胞膜にはP-糖蛋白質(P-glycoprotein, P-gpと略す)と呼ばれる蛋白質が存在する。P-gpは細胞へ入ってきたクスリ(異物!)を細胞外へ排出する作用をする。(ガン細胞にもP-gpが存在し、抗ガン剤に対する抵抗性の原因になる。)そこでP-gp阻害剤を併用すればクスリの吸収はよくなるが、併用しているクスリにP-gp阻害作用があることを知らないと大変なことになりうる。例をあげれば、心房細動のクスリdigoxin(上述のNTRの一種)を飲んでいる人が、P-gp阻害作用がある不整脈のクスリquinidineを併用すると心不全を起こし救急病院へかつぎこまれることになる。

体内に残る時間について。吸収されたクスリが体内にどれくらいの時間残るかを決めるのは肝臓の薬物代謝活性である。現在市販されているクスリの80%以上が肝臓のcytochrome P450(CYPと略す)と呼ばれる一群の酵素で酸化される。酸化生成物はさらに水溶性化合物(glutathione, glucuronate, sulfateなど)と抱合して水に溶け易い形になり腎臓から尿といっしょに排泄される。クスリの中にはCYPの代謝活性を阻害するものもある。従って多種類のクスリを併用している場合、そのどれかがCYPを阻害すると、他のクスリの代謝が遅くなり、体内残留時間が長くなって効果が長引く。例えば、臓器移植のあとの臓器拒絶反応を防ぐクスリ(cyclosporin)抗生物質(erythromycin)CYP活性を阻害するので、血中コレステロールを下げるスタチン(lipitolなど)を患者が飲んでいるとスタチンの代謝が下がり、血中濃度が上って筋肉痛や致命的にもなる横紋筋溶解(rhabdomyolysis)を起こす。逆にCYP活性を高めるクスリ、例えばバルビタール系の睡眠薬の併用はほかのクスリの代謝を促進する。

クスリの有害効果を受けやすいのは肝臓や腎臓の働きが弱ってきているシニアに限らない。シニアとは違う理由で幼児はクスリの有害作用を受けやすい。授乳している母親はクスリの代謝にかかわる自分の遺伝子に異常がないことを調べてみるのは無駄ではない。その例をあげると、出産前後の痛みを和らげるためにコデイン(codeine)を飲んでいた母親がコデインをモルフィン(morphineモルヒネ)に代謝するCYP活性が遺伝的に高い体質で母乳にモルフィンを大量分泌していた。それに気がつかず授乳を続けたため新生児を死なせてしまったケースがある。一般に新生児の体内水分量(75)は成人の体内水分量(65)より高く(だから柔らかくてぶよぶよしている)モルフィンなど水溶性の化合物は全身に回るのが早く、反面、体外への排泄がおそい。新生児の脳細胞は成長とともに複雑なシナプスのネットワークを作っていく。その過程で脳細胞の半分が消滅するといわれる。授乳する母親が抗うつ剤その他の神経系のクスリを常用すると、新生児の正常なシナプス形成が阻まれて、ひきつけや発作を起こす可能性が高くなる。さらに、新生児は2才ぐらいまで胃酸分泌が少なく、腎臓のはたらきも成人の半分、免疫系も完全ではないのでクスリを与える場合、特別な注意が必要である。


最後に、ビタミン剤、栄養補助剤などについて簡単にふれよう。これらのいわゆるサップルメント(supplements)は、アメリカ市民の半数が常用している(年間280億ドルの消費)。健康保険がカバーしないので大変な支出である。その支出に合うだけの効果があるのだろうか?ビタミンA欠乏による夜盲症のような特別のビタミン欠乏症であればそのビタミンを一時的に大量に飲むのは効果があるが、日常飲むには総合剤のほうが有効である。ただ過剰にとると、水溶性の類やは体外へ早く排泄されるので問題はないが、脂溶性のA, E, D, K, などは体内に蓄積して有害になることもある。例えば、が皮下に過剰にたまると発疹をおこすし、の過剰は幼児の骨格形成異常をもたらす。ミトコンドリアのエネルギー生成系に関与するCoQ10(coenzyme Q10)がスタミナを高めるとか、関節の骨の動きを円滑にするコンドロイチングルコサミンが関節痛をやわらげるとかの理由で、これらのサップルメントを常用する人が多いが、その効果は製薬会社の宣伝ほどではないであろう-----摂取したサップルメントが吸収と代謝の過程でどれくらい体内に残るか判らないし、消化系で分解される程度も高いと思われるから。ただ、「いわしの頭も信心から」といわれるように、サップルメントは効くと信じている人にとっては心理的によい効果があるかもしれない。


薬草を含めて食物の中にはクスリの吸収と代謝に影響するものがあるので注意を要する。二、三の例をあげよう。大酒家がTylenolを常用していると、アルコールがCYP活性を高め、Tylenolの主成分のacetaminophenを毒性の高い代謝物に変えるから、そのうちに肝臓を傷める。グレープフルーツその他の柑橘(かんきつ)類やニンニクにはCYP活性を阻害する物質が含まれているので、いろいろなクスリの作用を長引かせる。抗うつ剤(phenelzineなど)を常用している人が、tyramine(アミノ酸の一種)を含むチーズやニシンやアルコール飲料を大量に摂取すると『チーズ反応』といわれる高血圧になることがある。抗うつ剤は、tyramineを代謝する酵素(monoamine oxidase)を阻害するため、体内にたまったtyramineが神経細胞からnorepinephrine(血圧を上げる代謝産物)として分泌されるからである。ワイン・パーテイーの好きな人はご用心!

クスリにそんなに有害性があるならどうしたらいいのか?と読者は問われることであろう。当たり前の答えしかできないが、
  1. まず、複数の医者にかかっている場合には、飲んでいる処方薬について医者同士で情報交換してもらうこと。
  2. クスリを購入すると付いてくる紙の要注意の項を読んで理解すること。
  3. また処方されたクスリが併用しているクスリの吸収(P-gp)や代謝(CYP)に影響することはないか医者や薬剤師に確かめること。

などでクスリの有害副作用はかなり防げると思う。

結論として、病状がひどくなければ、クスリはなるべく飲まないほうがよい!

2 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

「クスリさえあれば」とやたらにクスリを飲む人々に、たいへん重要な警告です。志知先生、ありがとうございます。

yoshi1129 さんのコメント...

> 日常飲むには総合剤のほうが有効である。ただ過剰にとると、水溶性のB類やCは体外へ早く排泄されるので問題はないが・・・、

ビタミンは、単独で摂取しても、身体から出るときはバランスよく出ていくという性質があることはあまり知られていない。

よくビタミンCは、過剰にとっても排出されるので、単体でたくさん摂っても問題ないと言われるが、実は、出るとき他のビタミンを引き連れて出ていくので、他が不足してしまうという危険性がある。

ビタミンを摂取する場合は、マルチで摂るのが鉄則。ただ、言われるように、理論どうりには体には実際には吸収されていない。基本は、あくまで日々の食事のバランスを取ることが一番。