2012年2月27日月曜日

一億人を白痴化するテレビ


今は昔、毒舌で知られた大宅壮一(おおや そういち)なる評論家が、テレビ番組を手厳しく批判し、「今日のテレビ番組は我が国民一億人を白痴にする意図をもって制作されている、としか考えられないほど低俗で悪趣味なものばかり放映し、見るに耐えられない」と告発したことがある。かくして『一億総白痴化』なる言葉だけは流行したが、実際のところ大宅の諌言は一向に功を奏さなかったようだ。

理由は単純、テレビ局側の本音は、『白痴化』の意図より『視聴率』を上げることの方が先決問題で、一人でも多くの視聴者を獲得し、制作費を負担してくれるスポンサー、つまり番組の合間にコマーシャルを流す広告主を喜ばせることに汲々としていたのである。

もちろん『全て』のテレビ放送局が競って俗悪番組を制作しているわけではない。その一方で、スポンサーの要らない公共テレビ局が良心的な教育番組を提供していることに言及しなければ不公平の誹りを受けなければなるまい。

その良心的な番組については、いずれ稿を改めて論じることにしよう。

俗悪番組の制作を語る限りにおいて、その発想や社会組織から観察すると、消費経済の元凶であるアメリカに端を発していることは周知の通りだ。そこで本日のニューヨーク・タイムズ紙が取り上げた論争をご紹介し、読者の良識にによって判断されることを期待する次第。 編集:高橋 経
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テレビの視聴者は白痴になるか?

テレビのスイッチをひねって現れてくる画面を一瞥したとき、我々人類の頭脳は発達しているのか?それとも劣化させられているのか?と考えさせられてしまう。誰もが同じような印象を受けているかどうか、『その筋』のベテランのご意見を伺ってみた。



ジェームス・フリン(James R. Flynn):ニュージーランド、オテイゴ大学、政治学の名誉教授。著書に『知性とは何か(What Is Intelligence?)』他がある。

もし「原始人は今日の世界に生存できるだけの知性は持ち合わせていないだろう?現代人の知覚頭脳は将来発達するだろうか?」と聞かれたら答えは「ノー」。

もし「現代の我々が、原始時代には考えられなかったような様々な社会現象に適応できるだけの知覚頭脳を発達させることができるだろうか?」と聞かれたら「イエス」と答えられる。

これを私なりに表現するとしたら「我々の頭脳は原始人の頭脳に比べて『近代化』している」と言った方が適切である。

終局的に言うと、我々は仮説や抽象に基づいた科学を理解するだけの用意ができている。もし子供がその父親に「ある朝目が覚めたら自分が黒人になっていたら?」と聞いたとする。多分その父親は「バカバカしい」と一笑に付すだろう。だがもしその父親が人種偏見思想の持ち主だったら、子供の問いを生真面目に受けて大騒ぎになるだろう。彼は黒人は差別されるだけの資格しかない人種だと考えているからではなく、遺伝的に汚れていると信じているからだ。

[編集注:フリン教授は『白痴化』について直接の論説を避けているが、個人がテレビの影響を受けて知覚頭脳が退化することはなく、知性に従って『俗悪番組を見ない』権利があることを示唆している。また疲れた時には『俗悪番組』を見て気持ちを休める効果が期待できるのではなかろうか。]

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エリン・ジャクソン(Erin Jackson:独り舞台コメディアン)

テレビの影響で人々が白痴化するって?そうですとも、そうなるに決まっています。気に障るか?ですって。いいえ、ちっとも。
私はコメディアンですもの、バカげた噺(はなし)に興ずるお客さんたちが私の『メシの種』です。白痴のお客がいなくて、バカなことを喋ったりしたりしなかったら、私は何もできなくなってしまいます。

実を言うと、コメディ・クラブとか社交サイト(エリンは自身のブログを公開している)以外での私の生活がありますが、その時限では劣化した社会現象や、情報が簡単に入手できることで不安感がつのっています。例えば教育機関、我々の知性を高めるのに有能なはずの人々が劣化作戦を企画しています。『寝間着のままで学位がとれる』という謳い文句のネット教育のコマーシャルに私が担ぎ出されたことがあります。ネット教育の出始めのこと、覚えていますか?彼らの謳い文句は、「どんない忙しい人でも、都合のよい時間に勉強でき、月謝が安く、学位がとれる」といった調子です。ちゃんと服装を整えて学校に通って教育を受けることの大切さを喪失させています。

ハイテクに依存している我々の大半が『白痴化』されているのです。今では友人、知人の電話番号を記憶する必要がなくなっています。地図の見方を知らず、基本的な数字の計算もできません。言葉のニュアンスを理解すること、社会現象を分析する能力、冗談を受け入れるユーモア、そうした全てが失われつつあります。

愚かさは可笑しなことですが、冗談ではありません。これでは私の仕事は上がったりです。

[編集注:エリンの説はテレビから脱線したが、『白痴化』については厳しい観察をし
ている。]
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スチーヴン・ピンカー(Steven Pinker):ハーバード大学、心理学教授。著書に『我々の心にひそむ良き天使(The Better Angels of Our Nature)』がある。

世界的に人類の(知能指数)が向上している。これは重要な意義があり、時代を通じて人類は利巧になり、劣化はしていない。『向上』とは頭脳の能力のことでも、数計算や言語能力の向上でもない。もっと抽象的な面で、容姿容貌を無視することができ、数々の正式な分野を説明できる能力が向上した、ということである。

文化的な面では、全てが劣化し続け、『健全性の診断」が必要になっっている。だが、その中で傑出した解析の成果が実っていることも確かだ。我々は知性水準が異常な位置にまで達成した時代にある。

最近の数十年間に、科学はあらゆる分野で急速な進歩を遂げ、テクノロジーの面ではスマートフォーンから宇宙現象の撮影や発見まで、奇跡的な知識をもたらしてくれた。そうした事実は歴史家が認めてくれるであろう。

ほんの一世紀前、著名な作家たちが第一次、第二次世界大戦での欧米の大統領や首相を礼賛していたことは忘れられがちである。女性の参政権はまだ与えられていなかったし、同性愛は犯罪として扱われていた。しばしば、生命保険、避妊、麻酔、ワクチン注射、輸血、などが不道徳なこととされていた。

今日の知識人たちは、人権の平等、言論の自由、生命の尊厳、種族の保存、などを理想とし、過去における価値観を打破しつつある。

こうした思考を拡大解釈させている現象は、今日の世代にとって貴重な産物である。

[編集注:ピンカーは、『テレビの白痴化』に言及する代わりに大局観から人類の知的な進化を強調することによって、人類劣化現象を否定している。]
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リンダ・ゴットフレドソン(Linda S. Gottfredson):デラウエア大学、教育学部門教授で知性社会学を研究している。

多くの人々が、我々の知性が年毎に『愚か』になっていく、と感じている。老令化とか疾患もそれに拍車をかけているようだ。地球環境の汚染や悪化は余り問題にされていない。だが、頭の良い人々が、モノの改良に改良を重ね、向上に向上を続け、我々の生活を複雑にしている。彼らは我々本来の知性を劣化させるどころか、休む暇も与えず更に重荷を背負わせてくれる。

マンガ家に聞いてごらんなさい。例えば『フランクとアーネスト(Frank and Ernest)』のヒト駒で、穴居人が岩板(タブレット)の面を刻み、「おい、見てみろ。俺は『書く』ことを発明したぜ!」と得意になる。それを聞いた別の男は憮然として「結構なことだ。お前のお蔭で、世の中全ての人々が『文盲』にさせられたぜ!」と嘆く。

同様、スコット・アダムス(Scott Adams)の『ディルバートの法則(Dilbert principle)』では、わずか数千人の有能者が複雑怪奇な文明社会を築き上げ、他の60億人余りの誰彼をバカ者にしてしまった、と断言している。近代的な革新的な事業や発明は、無くても困らないものを必要であると思い込ませることによって一般人を愚者にしてしまった。

賢明な変質者たちは『心なき』単純化による我々の日常生活を見て嘲笑っているだろう。その点ではアダムスの観測は当たっているようだ。1993年に行われたアメリカの成人の読み書き能力の調査によると:

● 21パーセントは、初歩段階であるスポーツ欄の情報から一件は見付けられるが、次の段階となると難しい。
● 27パーセントは、第二段階であるスポーツ欄の情報から2件は見付けられるが、次の段階となると難しい。
● 32パーセントは、第三段階として自動車整備の記録を記載することはできるが、それより複雑な記録となると難しい。
● 17パーセントは、第四段階として、バスの時間表から目的地へ行くに必要なバスを選ぶことはできるが、次の段階となると難しい。
● 3パーセントは、(計算機を使って)ある部屋の床に敷くカーペットの必要量を計算することができる。

現代生活では、バスに乗り遅れないための知性だけでは済まない。例えば健康管理。文明社会で蔓延している糖尿病の管理は、専門のテクノロジーで調査研究の上開発した結論に基づく。血管内のグルコーズ量を計算し、副作用を避けるべく薬剤の処方量には複雑な計算が要求される。素人の患者には手が出ない。

仮に『栄養量』という言葉をスポーツ向けに;『血液内グルコーズ、一日の適量』を自動車維持向けに;『インシュリン注射量』をバスの時間表に;必要な絨毯の量を計算するのに『健康な食事計画に十分な、しかしデンプン食品は控え目に』などなどに振り替えてみると、あまりにも複雑過ぎて、頭が混乱してくるであろう。

現代はかくも複雑になっている。
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リッチ・ダンカン(Ritch Duncan):トルー・テレビ放映(TrueTV.com)の『ブログの如くバカ(Dumb As a Blog)』のスタッフ脚本家

私が書いている公開寸前のブログ脚本の結末場面に、チョコレートとピーナッツバターにまみれた裸体の男が、家宅侵入の疑いで逮捕される、という設定を付け加えた。これがリース(Reese)という商標のチョコレート・バーの食べ方が間違っている、と指摘され、「みんなバカになったのかい?」と聞かれる羽目になった。

私は、泥棒などを主人公にした脚本を何本も書いていきた。この泥棒たちは、盗品の写真をフェイスブック(Facebook世界的に人気最高の社交サイト)に掲載したため捕まってしまったのだ。こうした筋書きが何よりの証拠、確かにみんなバカになってきている。
ネットなど、オンラインでは誰もが(平均的な知性も持ち主も含み)バカげたことをして、それが瞬時にして増幅してしまう。

でも、こうした現象だけを捉えて『白痴化』を云々するのは不公平である。正直なところ、もしみんながバカになったら、私の仕事はもっと楽になる。インターネットだからこそ、誰もがバカげたことを書いて瞬時に増幅してしまうのである。知能検査に合格した貴方でも、一日に2億人が発信するツイッター(Twitter:フェイスブックに劣らず人気のある社交サイト)を残らず見切れるものではない。

教育番組を見るのには何時間もかかるが、白痴番組ならあっと言う間に見られる。

スーパー・ボウルの中休みにマドンナを始め大勢の歌手が登場したが、私の記憶に残っていたのはたった一人、ラッパーのM.I.A.だけだった。彼女が小鳥にとんぼ返りをさせたことが、瞬時にしてインターネット上から1億人に伝わった。ある人は彼女のことを白痴と呼ぶだろう。だが疑いも無く、名前を売るためにはバカげたことをするだけの値打ちはある、と彼女のマネージャーは大喜びだったに違いない。

現代の社会が益々恥知らずになっていることは確かだが、私はそれに関わっている暇はない。私は締め切りに間に合わせるための脚本を書いている最中だ。その筋は、ある男が法廷に入る前の検問所で、ポケットのマリュワナを押収される場面があり、その経緯をまとめなければならないのだ。

バカげていないスマートな出来事は伝達しない。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

もし貴方が知的に洗練されている知識人だという自負がおありなら、テレビ番組を選択する自由があります。視聴率を下げる効果があり、誰もが同調したら、その番組は消滅する運命にあります。貴方自身の知的判断を尊重してください。