志知 均 (しち ひとし)
2011年5月
2011年5月
昨年4月に自閉症(Autism)に関する小文をこのブログへ寄稿した。アメリカでも日本でも自閉症と診断される子供の数は増加し、ますます社会問題になってきている。最近、アメリカと韓国の自閉症研究者が協同して韓国の5,526人の児童対象に6年間かけて調べた結果が発表された(Time誌 5/23)。それによると、自閉症発症率は2.64%(ほぼ100人に3人)で、従来いわれた発症率(110人に1人)よりはるかに高い。
東洋人の子供は欧米人の子供に比べておとなしく、受動的で、強く自己主張しないなどの特徴がある。それを研究者は自閉症の徴候と診断に加えたのかもしれないが、それを割引きしても東洋人の発症率は高い。
自閉症はMMRワクチン『はしか(Measles)、オタフク風邪(Mumps)、風疹(Rubella)』接種が原因だと主張したアンドリュー・ウェークフィールド(Andrew Wakefield)の説は否定されたが、免疫の関与が完全にないとはいえない。昨年の小文でも述べたが、食物(小麦、牛乳、トウモロコシ、砂糖、柑橘類など)に対するアレルギーが自閉症の発症と関係があるとの報告がある。しかしあまり注目されていない。(右の写真:自閉症の兆候の一つに、オモチャなどの『もの』を直線的に積み重ねたり、並べたがる傾向がみられる。)
ところが、最近、腸内寄生虫による免疫抑制作用により、自閉症が完治したという驚くべきケースが報告された。自閉症(Autism spectrum disorders)にはいろいろなタイプがあるので、免疫抑制ですべてのタイプが治る保障はないが、自閉症治療の従来の常識では考えられない治療法なので以下に紹介しよう(主な部分はThe Scientist 7月号に載ったBob Grantの記事による)。
ニューヨークの投資会社ではたらくスチュワート・ジョンソン(Stewart Johnson)の息子のローレンス(Lawrence)は2歳半の時に自閉症と診断された。その後10年間、ローレンスの病状は年とともに悪くなるばかりで、あらゆるタイプの治療薬(発作防止薬、セロトニン再回収阻害剤、抗精神病剤、リチウムなど)はもちろん、食事療法、音楽療法など効果があるといわれる治療はすべて試みたが、一時的によくなる程度で無効であった。主治医に相談してもよい治療法はなかった。( 左の写真:前掲の写真の子供と同様に、オモチャを直線的に並べる性癖がみられる。)
万策つきたスチュワートは、ウェブサイト(PubMedやMedLine)で何か治療に役立つ情報がないかと必死になって探した。その結果、自閉症の治療とは直接関係のないある研究に注目した。
それは、ブタの腸内寄生虫(Helminth)を使って免疫抑制を惹起し、自己免疫病であるクローン氏病(Crohn’s disease)や潰瘍性大腸炎を治療した報告と、自閉症患者の脳のグリア細胞(Glia cell)が免疫細胞で損傷されているという知見であった。
スチュワートはこれらを結びつけて腸内寄生虫による免疫抑制作用で自閉症が治療できないかと考えた。あまりにも突飛なアイデイアなので、主治医は最初は取り合わなかったが、この寄生虫はからだに有害ではないし、効果がなくて元々、とスチュワートに説得されて、FDA(連邦政府食品医薬品局)の許可を取り、ドイツの会社からこの寄生虫(ラテン語名はTrichuris suis)の卵を輸入した。(右および左下の写真は、同種の寄生虫)
ローレンスに2,500個の卵を2週間毎に飲ませたところ、8週間で自閉症の症状が改善しはじめ、10週間後には、症状は完全に消滅した!現在20才になるローレンスはこの寄生虫の卵を飲み続けているおかげで、正常な若者として生活しいる。このエピソードについて更に詳しいことを知りたい方は、ウエブサイトautismtso.comや昨年出版された『自閉症の教科書』(Textbook of Autism Spectrum, E. Hollander, A. Kolevzon, J.T. Coyle, eds, Arlington, VA:American Psychiatric Publishing, 2010)を参照されたい。
寄生虫がどうやって自閉症を治すのかの疑問に答えるには免疫系についての知識が少し必要だ。簡単に説明すれば、免疫系は外部からの異物(微生物、ビールス、花粉など)や身体の損傷で生ずる刺激に応じて活性が高まる免疫細胞とそれを抑える免疫細胞、それに細胞同士で情報交換する因子(サイトカインなど)で成り立っている。活性の高まり(陽)とそれの抑制(陰)のバランスがうまく保たれていれば健康状態である。
ところが陽の働きが強くなりすぎると身体を守ってくれる筈の免疫系がかえって害するようになり病気になる。自己免疫病のクローン氏病では免疫の陽作用が強くなり腸壁を破壊する。腸内で孵化した寄生虫は陰の働きをする免疫抑制細胞(T regulatory cellと呼ばれる)の増殖を促しクローン氏病を防ぐ。腸内孵化した寄生虫による自閉症の治療効果も同じようなメカニズムによると考えられるが、腸内で増えた陰の免疫細胞 がどのようにして脳における陽の免疫作用を抑えるのか、まだ十分わかっていない。
発展途上国(例、インド)からの移民が先進国(例、イギリス)で定住するとクローン氏病などの自己免疫病にかかりやすくなるといわれる。また第二次大戦前後で比較すると、アメリカの『田舎』の子供たちの大腸炎が増えてきている。これらは衛生環境がよくなったために、腸内寄生虫がいなくなったのが原因と考えられる。不潔な生活環境がよいというわけではないが、寄生虫(寄生菌や寄生ビールスも含めて)とうまく共生するのが健康によいことは再考に値する。(左図は、自閉症喚起援護運動のリボン)
寄生虫にせよ、癇癪の虫にせよ不愉快なことがあって「腹の虫がおさまらない」時、うまく共生しないと健康に悪いからご注意を。
1 件のコメント:
「虫の居所が悪い」などという表現は、近代医学の知識とは無関係な昔から、我々のご先祖さまが直感的に『虫』の存在を知っていたのでしょうね。
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