可愛い子ちゃんの、でっかいガン!
今夏シーズンの映画情報
映画評論家:A. O.スコット(A. O. Scott)、マノーラ・ダーギス(Manohla Dargis)報告
2011年4月27日付け、NYTより抜粋
今夏シーズンの映画情報
映画評論家:A. O.スコット(A. O. Scott)、マノーラ・ダーギス(Manohla Dargis)報告
2011年4月27日付け、NYTより抜粋

こうしたアクション女優の進出は、彼女らの社会的な権限が強化されたとか、拡張された象徴として見るべきなのだろうか。それとも女性解放とか女性崇拝の思想の現れなのだろうか?
この傾向について、二人の映画評論家の観察に耳を傾けてみよう。
マノーラ・ダーギス:女性が敵役の男性を失墜させるのに、陰険で手間のかかる策謀を使ってスキャンダルの罠に陥れるより、手っ取り早く銃を使う暴力を選ぶようになった。既に公開された『ハンナ(Hanna)』、『不意討ち(Sucker Punch)』、『スーパー(Super)』、『私を入れて(Let Me In)』、『尻を蹴飛ばせ(Kick-Ass)』などを見れば一目瞭然だ。個人的には、一部のシーンは効果的で好きだが、全般的に強烈な暴力シーンには夢中になれない。(以下省略)

私が思うに、こうした映画製作の背景に非現実的な空想があり、同時に近代社会への不信感は拭われない。言い換えると、混乱、空想、パニック、現実否定などなどが不安定に入り交じった不信感である。
現実否定とは、若い女性本来の女性らしさとその脆さを否定しようとする試みのことだ。『ハンナ』に登場する十代の娘は社会から隔離された北極で父親に育てられ、生まれて初めてのキスを体験し、愛人を疑うこともなく立て続けに複雑な自己防衛の技術(空手、柔道など)を体得し、、、。それに続く筋書きは入り組んでいるので説明を省くが、愛人に裏切られたハンナが心身共に傷つくことなく立ち直れたのは、彼女が体得した技術の副産物だったのか、それともCIA(Central Intelligence Agency)経験がある父親の血を引いていたからなのだろうか?
(以下数々の映画を例に挙げているが省略し、数編を一こま毎にご紹介)





1 件のコメント:
『女はか弱いが、母は強し』と昔から言われている。また、「戦後強くなったのが、ナイロン、ストッキングと女だ」とも言われた。
ここでは、特に若い女性がアクション映画のヒロインになる傾向を取り上げた。私は『銃器所有反対』の立場をとっているが、弱い女性が、悪い男性をこらしめる、という筋書きは、あくまでも『地位の逆転』という快感だけで取り上げた。だが、誰でも銃器を保有できる法律にはあくまでも反対である。
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