2011年1月10日月曜日

新年お目出度くないアメリカ

志知 均(しち ひとし)
2011年1月3日

長引く経済不況、10人に一人という高い失業率(9.8%)、13兆ドル(約1100兆円)という政府の巨額な財政赤字、勝ち目のない中東戦争などアメリカの現状は「新年おめでとう」というには程遠い。敗戦で打ちひしがれた日本人へ自由と平等と友愛の民主主義を説いたアメリカ、強くて、明るくて、豊かだったアメリカがどうしてこうなってしまったのか?私は歴史学者ではないから十分な実証に基づく説明はできないが、半世紀近くをアメリカで暮らしている一個人としての所感はある。批判されることを承知で書いてみよう。

結論を先に言えば、アメリカを混乱させたのは、ベトナム戦争終結後ニクソン大統領(Richard Nixonの写真)の中国訪問、公民権運動、それにベビー・ブーマー世代(Baby boomers)の無責任な行動であると私は思う。

順を追って説明しよう。ジョンソン大統領(Lyndon B. Johnson)は1965年に北爆(北ベトナムの空爆の写真)を開始してベトナム戦争に深入りした。ジョンソンの次に大統領に選ばれたニクソンは中国とソビエトが軍事援助している限りアメリカはべトコンに勝てないと判断し、中国とソビエトと直接交渉してベトナムからの撤退を実現した。

その外交にはおそらく、戦争よりはこれらの共産国を自由主義社会に仲間入りさせるほうが極東の平和維持になるとする考えがあったに違いない。そしてニクソンは1972年に中国を訪問した。この訪問をきっかけに中国とアメリカの間に中国に有利な貿易協定が結ばれ、その数十年後にはアメリカ国内における中国製品の氾濫を招いた。
農業国の中国がかくも短期間に産業革命(の写真)ができるとはアメリカは予測していなかったであろう。中国の国家資産の増加とは反対に、生産性の低下(特に製造業の凋落)や二つの中東戦争で財政支出が増大するアメリカは、中国からの資金借款に依存せざるを得なくなった。結局ベトナム戦争が残したものは中国の経済発展とアメリカの威信低下であった。
公民権運動(の写真)はケネデイー(John F. Kennedy)、ジョンソン両大統領、ロバート・ケネデイー法務長官(Robert Kennedy)、リベラル派議員の強い支持を受けて、雇用、住宅購入(借用)、教育、事業資金の調達その他に関して、人種、性別、年齢などで差別することを禁止する法案を次々に立法化させた。その結果、少数派、特に黒人や、女性はめざましい勢いで社会進出した。その究極はオバマ大統領(Barack Obama)の選出。

しかし、それによって従来の社会秩序の変革を迫られた白人男性(特に保守的な年配の男性)の我慢(tolerance)は憤懣として心の底に沈滞している。この憤懣が高い失業率と重なって2010年秋の中間選挙で、オバマ大統領が率いる民主党を大敗させた。これからも続く公民権運動は民主主義の理念に沿った素晴らしい運動であるが、社会の分極化(時には混乱)を招くのは避けられないであろう。


ベビー・ブーマー(Baby Boomers,以下ブーマーと略す)とは第二次大戦直後の1945年から1965年までの間に生まれた団塊の世代を指し、その特徴は、経済的に余裕のある中流階級の家庭に育った白人で、高等教育を受けた者が多く、考え方は自己中心的で、行動は伝統的な価値や道徳にあまりとらわれないといわれる。 この世代の無責任さが起こした混乱の例をあげよう。ブーマー世代の多数の優秀な若者は高収入が得られる投資マネジャーになった。

マイケル・ダグラス(Michael Douglas)が主演したウオール ストリート(Wall Street
の写真)』を舞台にした映画で強欲(ごうよく)は良いことだ(Greed is good)」と叫んだ言葉そのままに、彼らはリスクの高い投資に熱中し、不動産の高騰で高利をねらって多額の住宅資金の貸付をした。しかし不動産バブルがはじけた時、貸付金はこげつき、金融会社リーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)の破綻に始まる経済恐慌を引き起こした。

ブーマー世代の代表である二人の大統領、クリントン(Bill Clinton)ブッシュ(George W. Bush:下の写真)の過ちも見逃せない。クリントンモニカ・ルインスキー(Monica Lewinskyの写真)と結んだ不倫な関係、セックス・スキャンダルは社会全体のセックス・モラルの低下をもたらし、その延長線上でホモセクシャル(同性愛者たち)の権利主張、同性結婚の公認が広がっている。

ブッシュ大統領サダム・フセン(Saddam Hussein:左下の写真)が大量破壊兵器を隠匿しているという誤った情報に基づいてイラク侵攻を強行した。

その戦争の泥沼はベトナム戦争の二の舞になって今も続いている。

このようにあらゆる面で混迷しているアメリカの将来はどうなるのだろうか?Time誌が2010年の『その年に最も影響力のあった人々(Person of the Year)』には、読者の反対にもかかわらずfacebookを創始して世界に広め、6億人の利用者を獲得したマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg:下の写真)を選んだことはたいへん興味深い。

彼は「世界中の人たちが友達になって、もっと開放的に、もっと連携するようになり(more open and more connected)、お互いに共感(empathy)を持つようになることが望ましい」と言っている。つまり友愛である。26歳で推定69億ドル(約5兆6千億円)の大金持ちになった若者の言うことだから金儲けの口実ではないかと反発もあるが、IT器機を生活必需品にしているポスト・ブーマー世代がネットワークを広げて連携することに夢中になっていることは事実である。

アメリカ民主主義の理念である自由、平等は中国に対してもイスラム国に対してもうまくいっていない。それを見ている若い世代が友愛で民主主義を広げようと考えるのはわかる気がする。世界的なネットワークの力と友愛の精神はこれからのアメリカの外交政策に影響を与えるかもしれない。

「彼は、甘くて生マジメで、角砂糖みたいだ (He is like a sugar cube — sweet and square)」というジョークが囁かれてる。(Zuckerbergはドイツ語で砂糖の山を意味する。) 友愛を広めるのにふさわしい。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

おおいに同感です。

あまり重要なことではありませんが、アメリカでの「セックスの自由」は、戦後間もなく始まり、蔓延していったようです。
クリントンはその影響を受けていたのでしょう。モニカ事件の頃には、既にエイズが多くの『性の解放者たち』を死なせていました。彼が「火付け役」ではない、とちょっぴり弁護させてください。