2010年9月8日水曜日

たおやかで優雅、川瀬忍の青磁器

生活の中でも使える青磁を

塩田 眞実(しおだ まさみ)
Ceramics: Art and Perception、2010年刊 81号; の掲載(英文) から転載

[筆者は日本生まれのフリーランス、ジャーナリスト。主にニューヨークのYomiTIMEにインタビュー記事を寄稿する傍ら、新陰流の兵法を弘流するための活動にも携わっている。右の写真は上記Ceramics誌の記事の表題:作品は、ユリの花を象った花瓶]

その造形は一見するとたおやかで優美な曲線を描きながら、その薄さと縁(ふち)の細工は、はっとさせられるほど張り詰めた鋭さを含んでいる。優雅さと手の切れそうなほどのシャープさ、その絶妙なバランスが、深い青の発色とともに作品を特徴づけている。  

青磁作家、川瀬忍(かわせ しのぶ 左の写真) 作品はメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)、ブルックリン美術館(The Brooklyn Museum) 、シカゴ美術館(The Chicago Art Institute)、フィラデルフィア美術館(The Philadelphia Museum of Art)、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(The Victoria and Albert Museum)など主要な美術館、博物館、さらに有数の個人コレクターが所蔵するなど人気が高い。  

2006年9月から翌年1月までジャパン・ソサエティー(The Japan Society)で開かれた現代陶芸展でも3点が展覧され注目を集めた。
 

コンテンポラリー作家たちのオブジェのためのアート作品とは一線を画し、作品の特徴は、生活の中でも使える器で、すべてが深い青味をたたえた青磁であることだ。(上は、いずれも波状縁の中型ボウル)

川瀬忍は、神奈川県大磯町の焼物の家に生まれた。父と祖父の下で焼き物を学び、主に中国の古い陶磁器に関心を持った。20歳の時に青磁に魅せられ、以来その奥深い魅力を追い求めている。

「小学校のころ、小遣いが欲しくてよく手伝いをしましたね。といっても土砕きとか土合わせなんかですね」と笑う。しばらくすると、轆轤(ろくろ)の生地作りをさせられた。当時、実家では割烹食器を作っていて、皿、猪口など薄手の染付けや、赤絵が主流だった。
(右上、左下共に、波状縁の中型ボウル)

「今思うと薄手のものを好むようになったのは、このころの影響かも。ただ生地作りばかりで、絵付けはなかなかさせてもらえませんでしたね。」

ある時、釉薬が濃く溜まったところ(高台脇など)を観察すると、青みが濃くなっている。そこで、意識的に釉薬を濃く掛けたものを作ってみた。祖父に見つかり「お前は、青磁が好きなのか?」と問われた。とっさに「ハイ」と答えたら龍泉窯の袴腰の香炉をみせられ「これに負けないようなものを作ってみろ」とその香炉を与えられた。これが祖父や父とも違う、川瀬一人の青磁への旅立ちとなる。

彼が、最もこだわるのが轆轤(ろくろ)成形。美しい曲線を生み出すため極限まで薄く引く。引き終わると、墨でアタリを印し、縁(ふち)の細工に入る。生地が薄いため乾き過ぎれば破れ、柔らか過ぎると形が戻ってしまう。押し込んだり引き込んだりする加減は、高度な技が要求される。(上は、縁の両端に凹凸突起をもつの浅型ボウル)

これまでの作品は丸みを帯びた柔らかな曲線が特徴だが、自宅の庭に咲くシュウカイドウ(秋海棠)、花でなく葉っぱに魅かれた川瀬。左右対称でない形に気づいた瞬間、代表作の器の形が決まったという。

青磁の青は、器の形によって微妙に変える。青の色は普通、釉薬の調合で変えるものだが、粘土の調合という手法を使う。中国黄土高原の土は加えるほどに落ち着いた青が表現できるそうだ。

趣味は古美術の収集。昔の器を見ていると、新鮮な感動と新たな発見があるという。3000年前の中国の、殷時代に作られた鬲(れき)と呼ばれる器との出会い。この鬲からヒントを得て三つの足の香炉が生まれた(左の写真)。鬲はひとつの筒から出来ていることに気づいた。墨で線を入れたアタリだけを目安に折り込んでいく。この手法で曲線の美しい三つの足の香炉の造形を表現できるようになったそうだ。

「先日、面識のない方から、あなたの作品は舐めたら甘く美味しそうだとメールをもらったんです。進むべき方向に向かっていることが確かめられたような気がして嬉しかったですね」と柔らかそうな笑みを浮かべた。(右は川瀬忍のサイン) 

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

美しいものは理屈ぬきに美しいですね。
眺めていて飽きません。