志知 均(しち ひとし)
2010年7月8日
2010年7月8日
J. クレイグ・ヴェンター(J. Craig Venter:左の写真)のグループが今年5月に人工細胞(synthetic cell)をつくるのに成功したと発表したニュースは、生物科学者の間だけでなく、TV、 NPR(公共ラジオ)など広くマスコミで最近話題になっている。20人の研究者が10年かけ、4,000万ドルの研究費を使って成功させた。
人工細胞の合成実験は、バクテリアの中では染色体が最も小 さいといわれるマイコプラズマ・マイコイデス(Mycoplasma mycoides以下M. mycoidesと表記:下右の写真)を使って行われた。この選択にはマイコプラズマ(Mycoplasma)に関するVenterグループの長年の研究成果が土台になっている。まずこのバクテリアの染色体(600,000個のDNA塩基の連鎖)を試験管の中で作成した。次にM. mycoidesと近縁のマイコプラズマ・カプリコラム(M. capricolum)の細胞から染色体を除き、合成したM. mycoidesの染色体を代わりに注入した。この細胞を培養すると野生のM. mycoidesと同じように増殖し、増殖した細胞は、M. capricolumには無く、M. mycoidesに特有のタンパク質を合成した。
この実験では、染色体だけを合成し、その他の部分はM. capricolumのものを『借りて』いるので、厳密には完全に人工的に細胞を作ったとは言えないが、人工の染色体がM. capricolumをM. mycoidesに変化させ増殖させた意義、つまり人工遺伝子がコントロールして増殖細胞を作った意義は大きい。(下の図表を参照:ニューヨーク・タイムズ紙から)
「これで生命とは化学物質の相互作用でできる現象でしかないことが証明された」と言う人さえいる。『生命の神秘性』に対する科学の挑戦が、哲学者、倫理学者、宗教者たちへ問題を提起することは間違いない。
人工細胞をつくる遺伝子工学の技術はあらゆるタイプの人工染色体を導入した細胞を作ることを可能にするので、その有用性(医薬品を作らせるなど)と危険性(テロリストが病原菌を作るなど)は測り知れない。一般にはまだ十分認識されていないが、人工細胞の生成は前世紀の原子核分裂による核エネルギーの生成に匹敵する『事件』だと指摘する人もいる。
(顕微鏡写真のクレヂット:Tom Deerinck and Mark Ellisman, National Center for Microscopy and Imaging Research, University of California, San Diego Scanning electron micrographs of M. mycoide)
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