2012年11月20日火曜日

宴(うたげ)のあと


志知 均 (しち ひとし)
2012年11月

都知事選を背景にした小説「宴のあと」の終わりのところで、三島由紀夫は、政治の泥沼の中では汚濁も偽善も人間性も、遠心分離の脱水機の中に放りこまれた洗濯物のように、早い回転で見えなくなってしまう、というようなことを書いている。
選挙戦中、民主党側から出された広報ポスター

投票日直前に二ユーヨークその他の東海岸を襲ったハリケーン、サンディ(Sandy)の被害まで加わった今回の大統領選挙の印象は同じようなものであった。オバマ(Barack Obama)ロムニー(Mitt Romney)も共に数億ドルの選挙資金を消費した長い選挙戦がデッド・ヒートになった10月後半以降は、相手の誹謗と揚げ足取りをテレビのスポット広告で繰り返す泥仕合になった。オバマの勝利で終わった選挙戦の成り行きを最後までつきあってうんざりしたのは私だけではないであろう。

今回の選挙は16兆ドルを超える財政赤字をどうするか、景気回復を促進し失業率を下げるにはどうすればよいか、など経済の問題が焦点であった。2008年に初当選したオバマ大統領は政府資金でまず金融機関と自動車産業を救済した。そのあと国民健康保険制度の改正に着手したが、それの立法化に月日をかけ過ぎたため景気回復が遅れ、失業率は上昇し、政府の財政赤字は大幅に増えた。その結果、経済問題を処理するオバマの能力に不満をもった国民は、2010年の中間選挙で共和党議員を多数下院へ選出した。その後も大統領選挙の投票日までGNP(Gross National Product: 国民総生産)は増えず、失業率もほとんど改善されなかった。したがって、ビジネスマンとして実績のあるロムニーの経済再建案に賛同するのは共和党支持者だけでなく、無党派のひとたちにも多かった。にもかかわらずオバマが再選された。何故か? 簡単に答えられる問題ではないが以下私の感ずるところを書いてみる。


ミット・ロムニー候補
今回の選挙結果は、現在のアメリカ社会が抱える問題の根が財政赤字額や失業率などの数字でみるものよりもっと深いところにあることを示している。オバマ再選が決定的になった時テレビに映ったオバマのまわりには白人よりも黒人やヒスパニック(Hispanic: メキシコ系、キューバ系など)の顔が多かった。他方、負けたロムニーを取り囲むのはがっくりした顔の白人男性が多かった。黒人、ヒスパニック、アジア人は少数派(minority)と呼ばれるが、その総数は多数派(majority)の白人人口をしのぐほど増えている。この少数派への働きかけに、オバマがロムニーより勝っていたのが勝利の一因であったことは明らかである。

黒人、ヒスパニックの少数派は社会の下層クラスに多く、政府の援助(食料品を無料で買えるfood stampや無料医療保険Medicaidなど)を受けている者が多い。保守的な白人男性は、この連中を社会の重荷だとみなしている。選挙戦の演説でロムニーが、「税金を払わないで政府援助で生活している47%の人たちはオバマに投票するであろうから、その人たちの支持は期待していない」という趣旨のことを言ってマスコミにたたかれた。確かに大統領候補者としては失言だが、現在のアメリカ社会の問題の本質に迫る発言で、たとえ人種差別の議論になろうとも、もっと掘り下げるべき問題だったと思う。

現在、全人口の16%が貧困と言われ、その階級を救済するのは急務である。また長引く不況で打撃を受けた中産階級への政府援助も必要である。しかしオバマ大統領の政策の方向は、富裕階級への増税、ビジネス、金融界への規制強化で、ヨーロッパ型の社会民主主義の拡大のようにとれる。それに対しロムニーは、連邦政府を縮小して、富と幸福を追求する個人の自由と権利に干渉しない------つまり伝統的な自由経済民主主義を強調する。オバマ的思考は民主党の進歩派に支持され、ロムニーの考えは共和党の保守派に支持される。進歩派と保守派の対立は新しいことではないが、今回の選挙はこの対立が際立ちアメリカが辿るこれからの方向を決める選挙だったといえる。共和党の地盤である南部(フロリダ、テキサスを含む)が、合衆国から独立したいという動きまであり、事情は違うが、南北戦争の確執がいまでも根強く残っていたのかと驚く。

オバマ大統領の当面の大きな課題は、Fiscal Cliff(財政上の絶壁)』をどうやって回避するかである。Fiscal Cliffというのは、2011年9月にオバマが政府支出を増やすための借入上限、つまり財政赤字の上限を上げるよう下院に要請した時、それを認める条件として、2012年の年末までに財政赤字を減らす法案を作ること、それができなかった場合には、2013年1月1日から強制的に政府支出を大幅にカットすることを決めたもので、軍事費、失業保険費などのカットと増税(90%の家庭の税金が平均3,700ドル増加)が施行される。もしそうなれば、2013年のGDP(Gross Domestic Product: 国内総生産)はマイナス1.3%に下がり、失業率は9.1%にはね上がると予想される。せっかく上向きの兆候がみえてきた景気も逆戻りするであろう。Fiscal Cliffを回避できたとしても、巨額(16兆ドル以上)な財政赤字の問題は続く。今回の選挙で大統領と上院は民主党、下院は共和党という構図は変っていない。民主党と共和党の対立は、オバマが大統領になってから激しくなり、ここ数年、政府予算は『前年比』を繰り返すばかりで立法化されていない。

誰の言葉だったか忘れたが、「Diplomacy is an art of compromise(外交は譲歩する技術である)」といわれる。大統領も議員たちも党の利益よりも国民の利益を優先し、お互いに譲歩して問題解決に取り組んでもらいたい。選挙前に誰かが車に貼り付けていた標語を思い出す。「Replace them all! (全員とりかえちまえ!)」。景気の回復が加速しなかったら、 国民は2年後の中間選挙でどんな裁断を下すだろうか?

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

多少の異論はあるが、私は人柄を買ってオバマを選んだ。また、ロムニーに関する批判や不満が色々とあるが、3対2の大差で選挙に負けたから水に流すことにする。