2012年9月13日木曜日

"おじいちゃん, Why are you so old?"

筆者とは無関係な老人

志知 均 (しち ひとし)
2012年9月8日 

この夏に次女が連れてきた孫娘たちと、かくれんぼをしたり、走り回ったり、ゲームをしたりした。その後、私のひざに坐った7才の娘があどけない目で私の顔をまじまじと見て、"Why are you so old?“と言った。Why? Why? の連発には慣れているはずだが、この質問には参った。毎朝ひげをそるため鏡を見るたびに気にしていたことの核心をつかれたのだ。いくら気持を若返らせて子供と同じレベルではしゃいでも、白くなった頭髪、しわが多くて艶のない皮膚、etc, etc。老化は隠しようがない。そんなことから、改めて身体の老化とはどういうことなのかを考えてみた。

プロジェリアの子供と治療されていない細胞(右図の左)
プロジェリア(progeria)という奇病がある。遺伝子異常のため新生児はすさまじい速さでトシをとり15才位までに老人になって死亡する。

ハンテイントン氏病(Huntington Disease)と呼ばれる遺伝性神経変性症の患者でも老化は早い。こうした遺伝病の知見から「老化遺伝子」の存在が想定された。そのような遺伝子を確定し、その発現を阻止して老化を防ぐという筋のサイエンス・フィクションがいくつか書かれているが、老化現象は少数の遺伝子で決まるような単純なものではないであろう。
ハンティントンと彼の発見論文が載った記事:1872年

食事は俗にいうように「腹八分目」が健康によい。ラットやサルなどの実験動物は八分目どころか飢餓状態で飼育したほうが長生きする。食べ過ぎない、つまりカロリーを摂りすぎないほうが長生きするのはヒトにも当てはまる。カロリー制限すればメタボリズム(metabolism)が低下して熱の発生も減少する。長生きの人の体温は一般に平均体温より低いといわれる。

2個のミトコンドリア
身体に必要なエネルギー(ATP)は食物の酸化(燃焼)で生成されるが、それは主としてミトコンドリア(mitochondria 細胞内燃焼炉)でおこなわれる。たとえばデンプンは消化系でグルコースに分解され、吸収され、からだ中の細胞へ送られる。細胞内ではさらに分解され、最後にミトコンドリアで酸化されて炭酸ガスと水になる。酸素を使って炭酸ガスを出す、つまり呼吸である。そのとき大量のATPが生成されるが副産物として活性酸素ができる。

飽食すればミトコンドリアがフル操業するので活性酸素の生成が増える。活性酸素を解毒する酵素があるが、活性酸素の過剰生成が慢性的になると解毒が十分できなくなる。活性酸素は反応性が高く細胞の膜や機能に必要な成分を破壊する。特に遺伝子をつくるDNAが破壊されると大変である。幸い細胞にはDNA修復機構があって、ある程度は修復できるが、その効率はトシをとるとともに悪くなる。これが老化に関する活性酸素説の大要である。

テロメラの構造(TTAGGG)
10年ほど前、老化を説明するテロメラ説が出てマスコミにさわがれた。テロメラ(telomere)とは何か?核遺伝子がつまっている染色体(chromosome)を靴ひもにたとえると、その両端につている短い「金具」がテロメラで染色体末端を保護している。もう少し知りたい人のために説明すれば、テロメラは6個の塩基の連鎖(TTAGGG)に特別の蛋白(shelterin)がくっついたものの繰り返し(repeat)でできている(長いテロメラではrepeatは数千回におよぶ)


染色体:その両端の白点がテロメラ
テロメラは細胞が分裂するたびに短くなる。したがって細胞分裂か活発な若い時にはテロメラが短くなるのが早く、トシをとるとおそくなる。そのためテロメラは遺伝年齢の目安(marker of genetic age)と呼ばれた。しかし、最近の研究ではテロメラの長さと寿命との間にはそれほど密接な関連はないといわれる。組織修復に必要な幹細胞(stem cell)や病原菌感染を防ぐ免疫細胞には細胞分裂で短くなったテロメラを長くする酵素(teromerase)が存在しその活性のレベルは年齢に支配されない。ただテロメラの長さがある限界(数百のrepeat)まで短くなると、ガン、肺疾患、肝臓疾患になりやすくなる。

モグラネズミ
老化の研究にはいろいろな動物が使われるが、たいへん長寿の興味ある動物について以下紹介しよう。それば熱帯アフリカに住むモグラネズミ(African mole-rat, Heterocephalus glaber)で体重35~65グラムの無毛動物。普通のネズミの10倍近く、30年以上長生きする(ヒトの寿命でいえば150才位)。この動物は地下2メートルに複雑な横穴を掘って100~300匹で群居する。横穴は全体として狭い空間なので、当然酸素欠乏、炭酸ガス過剰になるが、全然影響されない。

ヘモグロビン
その理由についてはいろいろ判っているが、例えば他のネズミに比べ、モグラネズミは血液中の赤血球の数が多く、また赤血球中のヘモグロビン(hemoglobin)の酸素結合力が強い。またエネルギー代謝活性は他のネズミの70%位で酸素要求が低く、活性酸素の生成が低い。それに若年期に活性酸素による組織損傷があっても、修復能力が高いので組織の機能は老年になっても衰えない。テロメラの長さは特に長くないが、細胞分裂がよくコントロールされているのでガンはできない。細胞構成物の残骸や不要な代謝産物など「ゴミ」を片付ける自己浄化作用(autophagy)が高く、細胞や組織の老化を防いでいる。

最近解明されたモグラネズミの全遺伝子配列を他のネズミのそれと比較すると、細胞分裂をコントロールする遺伝子が特別多い。さらに、DNA修復や毒物耐性に関する多数の遺伝子が存在し、トシをとっても若い時と同じようによく発現されている。

左から:通常体;肥満体;病的肥満
現在、老化を促進する主な要因として判っているものをまとめれば:

  • 飽食による活性酸素の過剰生成、
  • 細胞自己浄化作用の低下、
  • 細胞分化増殖のコントロールの不備、
  • 遺伝子DNA修復活性の低下、などであろう。


食生活に注意して、飲酒喫煙を減らし、適度の運動をして、ストレスが溜まらないよう気をつければ、つまり生活態度に注意すれば上に挙げた老化の要因をある程度はポジテイブに変えることができるであろう。しかしそれだけでは、いまひとつ説得力が弱い。今後の研究で、老化に関わるいろいろな過程に特異的な治療技術や薬剤の開発などが進歩して、具体的な老化防止対策が現れることが待たれる。


おじいちゃんやおばあちゃんが孫やひ孫たちに、”Why are you so young?”と聞かれる日が来るかもしれない。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

『腹八分目』と『粗食』がカギですね。
つまり、『満腹』と『ご馳走』は禁物ということ。
実行の一語につきる。