2010年1月15日金曜日

東京無宿者のねぐら

[はじめに:つい先日、日本で使われている英語のことを論じたばかりで、片仮名英語を使うのを憚りますが、日本では最近『ホームレス』という言葉が市民権を獲得したようです。日本語には『宿無し』とか『無宿者』というれっきとした言葉があるのですが、『浮浪者』とか『旅ガラスの渡世人』にも通じる日陰者のイメージが付きまとうからでしょうか。では『ホームレス』が日当りのよい人々のイメージかと言えば、つまる所は『宿無し』であることには変わりありません。強いて『ホームレス』が『宿無し』とは異なるとするなら、政治経済や社会問題の産物である点でしよう。

さて、タブチさんは探訪した主人公の名前を明示していました。当人の写真も掲げていたことですから本名だと思いますが、編集しながら同情を禁じ得なかったので『ナカムラ・タロウ』と
仮名にし顔にマスクを掛けました。もしどなたかが『ナカムラ・タロウ』さんでしたら全くの偶然ですからご放念ください。]

タブチ・ヒロコ探訪
2010年元日:NYTから抜粋、編集

東京発:ナカムラ・タロウは東京のある大学で経済を専攻し、法律家になるべく懸命に法律学校への受験勉強に熱中している。
ナカムラは、大学卒業以来、大企業に就職する機会を失い、有り合わせの半端仕事に就いていた。いすず自動車の組み立て作業、パチンコ屋の警備員、宅配会社の配達人、など転々としている内に40才になってしまった。収入が不安定な上、昨年のクリスマス時期に半端仕事まで途絶えてしまった。そこで、思い切ってアパートを引き払いカプセル・ホテルに移ることにした。

そもそも『カプセル・ホテル』とは、深夜まで残業または飲んだくれて終電に乗り遅れたサラリーマンが、翌朝まで仮の寝床として利用する必要を満たすため、20年ほど前に生まれた新商売である。バブル崩壊の兆しが見えた時代だった。宿泊代は一晩2000円前後、タクシーを飛ばして帰宅するよりは安上がりだということで繁盛した。その客筋が、2年程前から急に変化してきた。『一夜の仮寝』客でなく、月決めの宿泊客が三分の一を占めるようになった。言うまでもなく、景気後退のあおりを受けた失業者の増加によるしわ寄せである。ホテル側も長期滞在客には何がしかの割引きをし、客の出入りにも従業員に「いってらっしゃい」、「お帰りなさい」と挨拶をさせるよう心掛けているようだ。

『カプセル・ホテル』に移ることにしたナカムラの判断も、心許ない所持金をいくらかでも長持ちさせるための非常手段であった。月決めで5万6千円(640ドル)、決して安い金額ではないが、前金なし、光熱費込み、清潔な敷布、共同風呂やサウナの使用などが含まれているから、アパート住まいより遥かに節約になる。

『寝床』のカプセルはプラスチック製、間口5フィート(1.5メートル)、奥行き6.5フィート(2メートル)、棺桶と大差ない。勿論内部で立ち上がることはできない(上および上右の写真)。それでも電灯、イヤフォーン付きの小型テレビ、洋服掛けフック、薄い毛布に籾殻入りの固い枕が備えてある。入り口にドアはなく、ブラインドを下げて閉じるだけだ。着替えや洗面道具などを置くスペースはないから、他の所持品と共にロッカーに格納する。(左の写真)


「寝るだけの場所です。もう慣れましたよ」首の筋をほぐすように回し、黒いスーツをはたきながらナカムラは呟く。他に持っていた衣類は仕舞う場所がないので処分した。


そこでナカムラが安眠できないとしたら、狭いカプセルのせいというより不況の社会に対する不安からであろう。或いは、プラスチックの薄い壁を通して隣の咳払いや壁に当たる体の音が耳触りになるからかも知れない。しかしナカムラ自身は、この生活をいつまで続けられるか判らないが『カプセル・ホテル』を利用できるだけでも、失業者の中では比較的恵まれている方だと思っている。

その他ソファがある共用の部屋、カフェテリア食堂
(右上の写真)、洗面用の流しがある。ナカムラは三食、自動販売機から飲食物を買い求め、ラップトップ・コンピューターでメールの送受信を確かめ、インターネットの求人サイトを調べている。(左の写真) 喫煙は禁じられていない。最近では、ナカムラなど、月決めの住人たちが就職申し込みの際に必要な『住所』欄に、カプセル・ホテルの番地を書き込んで法的に認められるという便宜が与えられた。

こうしたナカムラ・タロウの不幸な境遇は氷山の一角に過ぎない。世界的な不況が例外なく日本を襲い、かつて隆盛だった輸出企業が失墜し、終身雇用の神話が崩れ、多数の社員が職を失った。社宅住まいの社員達は追放されて『ホームレス』群に加わった。新年早々、救済の叫びに応えて『ホームレス』のために緊急住宅を開放する運動が起こった。昨年9月に交代した新政権民主党は、前政権の轍を踏まないよう配慮している。


新首相鳩山由紀夫は去る12月26日「政府は、かくも厳しい寒さの新年のシーズンに不況に直面している国民を救済する計画を立てている」ユーチューブ(YouTube)を通して公表した。金曜日には首相は東京の仮宿舎に寝泊まりしていた700名のホームレスを訪れ、報道陣に向かって「今や救済は猶予ならぬ事態にきた」と表明した。


政府が見積もっている浮浪者の数は1万5千8百人だが、救済団体では実際の数はもっと多いだろうと推定し、東京だけでも少なくとも1万人はいると見ている。この数の中には東京都における『カプセル・ホテル』の住人や、24時間営業のインターネット・カフェサウナで一夜を明かす浮動人口のような『隠れたホームレス』の数は含まれていない。


失業人口の率は5.2パーセントと記録を破り、社会福祉の保護を受けている家庭の数も急上昇している。日本の貧困レベル15.7パーセントというのは、工業国の中では最高の数字だ。こうした数字だけ見ても、国の工業力が隆盛を極めた1970年代当時の社会環境は姿を消してしまった。


東京大学のイシダ・ヒロシ教授「国家が急速な経済成長を遂げている時は、生活水準が向上し、階級差が目立たなくなった。しかし経済不況と共に、階級差が再びはっきり見えてくるようになった」と語る。


政府は日本の社会福祉組織を活性化させるために資金を投入し、家庭経済を助け、公立高校の授業料を無料にした。


それでも、ある46才の男性の生活は絶望的だ。彼はマグロ漁業に従事していたが、昨年の8月以来『カプセル・ホテル』の住人にならざるを得なくなった。彼は最近まで、羽田の埋め立て工事で働いていたが、先月で仕事が打ち切られた。「必死になって次の仕事を探しているんだけれど、仕事の口はまるでみつかりません。手持ちの金は底をついてしまった」と嘆く。『ホテル』を出て、応急シェルターに転がり込んだが、次の月曜までという期限付きだ。


彼が考えられることはただ一言、「その後どうしてよいか判らない。」

2010年1月14日木曜日

ハイチの被災者に救いの手を

緊急のお願い

ハイチ島の地震のニュースについては、新聞、テレビ、ラジオで報道されているので多言は避けます。無力で苦難に耐えてる被害者たちに救いの手をさしのべて下さい。
我々にできることは僅かでもいいからお金を送ることです。下記の救援団体の内、いずれか選んでクリックし、後は指示に従うだけでよいのです。お願いいたします。

[ご参考までに私の場合は、クエーカーの団体、アメリカン・フレンズ・サービス・コミッティ(American Friends Service Committee: AFSC)を選んで送金いたしました。高橋 経]

ACTION AGAINST HUNGER
247 West 37th Street, 10th Floor, 
New York, NY 10018
(877) 777-1420

AMERICAN FRIENDS SERVICE COMMITTEE
1501 Cherry Street, 
Philadelphia, PA 19102
(215) 241-7000

AMERICAN JEWISH WORLD SERVICE
45 West 36th Street, 
New York, NY 10018
(212) 792-2900

AMERICAN RED CROSS
Text “HAITI” to “90999″ to make a $10 donation.

2025 E Street, NW Washington, D.C. 20006 
(800) REDCROSS (733-2767)

AMERICARES
88 Hamilton Avenue, 
Stamford, CT 06902 
(800) 486-4357
The AMERICAN JEWISH JOINT DISTRIBUTION COMMITTEE
JDC Haiti Earthquake Relief
, P.O. Box 530
132: East 43rd Street, 
New York, NY 10017; 
212-687-6200

CARE
151 Ellis Street, 
Atlanta, GA 30303
 (800) 521-CARE (521-2273)

CONCERN WORLDWIDE US
104 East 40th Street, #903, 
New York, NY 10016
(800) 59-CONCERN

CATHOLIC RELIEF SERVICES
(800) 736-3467: 
P.O. Box 17090
 Baltimore, MD 21203-7090

CENTER FOR INTERNATIONAL DISASTER INFORMATION
(703) 276-1914

DIRECT RELIEF INTERNATIONAL
27 South La Patera Lane, 
Santa Barbara, CA 93117
 (805) 964-4767

DOCTORS WITHOUT BORDERS USA/MEDECINS SANS FRONTIERES (MSF)
333 7th Avenue, 2nd Floor, 
New York, NY 10001-5004
 (888) 392-0392

EPISCOPAL RELIEF & DEVELOPMENT
815 Second Avenue, 
New York, NY 10017 
(800) 334-7626, ext. 5129

INTERNATIONAL ORTHODOX CHRISTIAN CHARITIES
P.O. Box 630225; 
Baltimore, MD 21263-0225 
(877) 803-4622

INTERNATIONAL RELIEF AND DEVELOPMENT
1621 North Kent Street, 4th Floor; 
Arlington, Va. 22209 
(703) 248-0161

INTERNATIONAL RESCUE COMMITTEE
122 East 42nd Street
, New York, NY 10168-1289
 (877) REFUGEE

ISLAMIC RELIEF USA

3655 Wheeler Ave., 
Alexandria, Va. 22304
 (888) 479-4968

ISLAMIC SOCIETY OF NORTH AMERICA
P.O. Box 38; 
Plainfield, Ind. 46168 
(317) 839-8157

THE JEWISH FEDERATIONS OF NORTH AMERICA
(212) 284-6500

MAP INTERNATIONAL

4700 Glynco Parkway, Brunswick, Ga. 31525-6800 
(800) 225-8550

MERCY CORPS
Dept. W
P.O. Box 2669
; Portland, OR 97208-2669 
(888) 256-1900

MOBILE GIVING FOUNDATION
800 112th Avenue NE, Suite 260-E; 
Bellevue, Wash. 98004 
(866) 810-1203
  • Text the word “Yele” to 501501 to donate $5 on behalf of the Yéle Foundation, the leading contributor to rebuilding Haiti founded by Wyclef Jean.
  • Text the word “Haiti” to 85944 to donate $5 on behalf of the Rescue Union Mission and MedCorp International.
  • Text the word “Haiti” to 25383 to donate $5 On behalf of the Internal Rescue Committee.
  • Text the word “Haiti” to 90999 to donate $10 On behalf of the Red Cross in the U.S.
  • Text the word “Haiti” to 45678 (in Canada only) on behalf of the Salvation Army in Canada.
OPERATION BLESSING INTERNATIONAL
977 Centerville Turnpike
, Virginia Beach, Va. 23463 
(757) 226-3401

OXFAM AMERICA

226 Causeway St., 5th Floor, 
Boston, MA 02114-2206
 (800) 77-OXFAM (776-9326)

OPERATION BLESSING INTERNATIONAL

977 Centerville Turnpike, 
Virginia Beach, VA 23463 
(800) 730-2537

PARTNERS IN HEALTH
P.O. Box 845578
; Boston, MA 02284-5578 
(617) 432-5256

THE SALVATION ARMY
615 Slaters Lane
; P.O. Box 269; Alexandria, VA 22313

SAVE THE CHILDREN
Haiti Earthquake Children in Emergency Fund; 
54 Wilton Road, 
Westport, CT 06880 
(800) 728-3843

SAMARITAN’S PURSE
P.O. Box 3000; 
Boone, NC 28607 
(828) 262-1980

WORLD VISION
Haiti Earthquake Relief: 
P.O. Box 9716; 
Federal Way, WA 98063-9716 
(888) 511-6548

UNITED NATIONS CENTRAL EMERGENCY RESPONSE FUND
United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs (OCHA) 
380 Madison Avenue, 6th floor
; New York, NY 10017

U.S. FUND FOR UNICEF
125 Maiden Lane, 
New York, NY 10038
 (800) FOR-KIDS (367-5437)

2010年1月12日火曜日

氷の大祭典: ハルビン版

[:この情報の最初の出所は不詳ですが、当方に転送して下さったのはマリー・グレイ夫人(Mrs. Marie Grey)です。]

中国の東端、朝鮮の北、満州地方の首都、ハルビン(Harbin: 哈爾浜)での冬の気温は摂氏で零下40度にまで下り、その寒さが半年は続く。シベリアの南端で日本海に面した港ウラジオストック(Wladiwostok)から450キロ北西に位置する。こうした厳しい寒さを利用し、ハルビンでは『屋外の大祭典』が繰り広げられている。 ハルビンの住人たちは組織的に、毎年雪や氷の彫刻を競作させ展示する。上の写真は正門近くに建った象徴的な氷の大彫刻笛を吹く人

雪と氷の彫刻による公開展示の起源は、満州時代に遡る。第一回の祭典1963年に開催された。しかし、年中行事の伝統となったのは1985年以降である。爾来、祭典は年々拡大され今日では世界各地から何百万人という観光客が訪れるようになった。それにつれ、彫刻は更に華麗に洗練され、多くの彫刻家が世界中から参加するようになった。

50メートルに及ぶ巨大な壁彫刻の一部を飾る熊の親子

各部門は個人の参加で成り立っている。各チームは、それぞれ3メートル立方の氷塊が単位で与えられ、彫刻や建造物の材料とする。チームの顔ぶれはロシア、日本、カナダ、フランス、をはじめとし、更にはるばる南アフリカからも参加してきている。

アメリカン・インディアンの彫刻が出品されているのが異色。カナダ人チームによる作品。

会場の入り口から見た沈みゆく夕陽。祭典の会場は、ハルビンに注ぐソングア・ジァング川(Songhua Jiang)の岸まで広がっている。夕暮れの会場はまた格別で、『一味違った』祭典が始まる。

氷の大祭典は数平方キロに広がる。ネオンの輝きが氷に照明効果を与え、柔らかい音楽が背景に流れる。ディズニーランドを思わせる全景。飲食物の売店が立ち並ぶ。

(左から) 会場のメイン・タワーロシア風の宮殿この万里の長城はスケート・リンクでもあり、そこを高速で滑り下りることもできる。このタイの寺院から、ディズニー映画『中国の驚異』を思い起す。

全て氷で建造された豪華船(a Dschunke)には船客も乗っている。

氷の大祭典の呼び物のひとつは、氷壁の登攀。氷は全て、ロシア、アムール川(Amur)の支流であるソングア・ジァング川から採掘された。

『雪の祭典』は美術の名の下に、一方で氷の大祭典彫刻の芸術を謳歌する。

2010年1月11日月曜日

言葉は生きている:その2

[はじめに:この原稿は、私が1977年『今浦島』よろしく15年振りで帰国した時に受けた故国の印象が軸になっています。書いたのは1979年、モービル文庫1980年1月号に掲載されました。30年も古い話なのでためらっていいましたが、北村隆司さんが書いた『言葉と世相』の後を受けて再録する価値があると判断しましたので公開いたします。高橋

言葉は変身する

高橋 経(たかはし きょう)
1979年秋

「日本語が乱れている」としばしば耳にする。


例えばある日、ある日米合併で経営する広告代理店で若手の営業部員が上司に報告した。

「今日のミーティングで、X社のニュー・プロダクト『X』に関するアドについてブリーフィングを受けました。『X』のローチングは2月、バジェットはAVメディアに80パーセント、プリント・メディアに20パーセント。コンペチターはY社の『Y』で、マーケット・シェア、40パーセントを占め、対するわがクライエントX社は36パーセントですので、この際Y社のシェアを上回るべきストラテジーとフレッシュなクリエィティブ・アプローチがリクワイアされます。」

これを翻訳すると;「今日の得意先での会議で、X社の新製品『X』の宣伝に関する指示を受けました。『X』の発売予定は2月、広告予算は電波媒体に80パーセント、印刷媒体に20パーセント。競合商品はY社の『Y』で、市場占有率は40パーセント。対して『X』は36パーセントですので、この際『Y』を上回るような広告戦略と新鮮な創造的制作が要求されます。」

まさか日常の会話がそれ程英語に侵略されてはいまい、とお疑いの向きもあるだろうが、私の周囲ではこうした会話が日常となっている。テレビ・コマーシャルに登場する外人タレントについては視聴者が既にお気づきであろう。オーソン.ウエルズ(Orson Welles)、カーク・ダグラス(Kirk Douglas)、スチーヴ・マクイーン(Steve McQueen)、ジャック・ニクラス(Jack Nicklaus)等の有名人を始め、無名のタレントたちがお茶の間に続々と侵入し、日本人消費者を説得しようとかかっている。


かくして、宣伝広告を担当する我々が矢面に立って、日本語を乱す元凶と糾弾されがちだ。しかし私自身、母国語である日本語は大いに尊重してきたし、これからも大切にしたいという気負いもある。この私の姿勢を前提として、果たして広告業界だけが日本語の乱れの元凶なのだろうか、と考えてみた。


まず今日の日本で文部省が制定した日本語だけが正しく、それ以外は乱れた言葉であると極め付けたら、恐らく大半の日本人が乱れた言葉を使っていることになるだろう。しからば『古代の日本語』『正しい日本語』と同義語であるなら、文部省から検定済みのお墨付きをとっている教科書の日本語は、古代の日本語ではないという理由で『正しからざる日本語』という理屈になる。のみならず、文部省の日本語は、昭和ヒト桁生まれの私世代が小学校から大学まで学んだ僅か20年前後の間に三転四転し、その都度右往左往させられた。旧漢字から当用漢字へ、名遣から名遣へ、そして当用漢字大巾制限の時代から、大巾緩和の時代になり、ついでに官僚文字までが幽閉から恩赦をうけて解放された。


こうなると『日本語の乱れ』は英語の侵略を糾弾する前にも問題がありそうだ。侵されたと言えば、遡って江戸時代には漢学者たちによって、英語ならぬ漢語という外国語がもたらされ日本語化してきた。今日我々が使っている熟語の大半は漢語から発した言葉だが、英語の侵入ほど違和感がないから問題にされないのであろう。


競争の激しい宣伝業界で英語がおびただしく氾濫しているのは実情だが、こうした日米(英)語が混合した表現の現象は、日本語が欧米化にある氷山の一角に過ぎない。氷山の一つに和製英語がある。


その傑作の筆頭はナイターであろう。英語国民の知らないこの『ナイター』という和製英語に逆らってナイト・ゲームと主張してみたところで孤立するのがオチであろう。


1950年代の後半、日本信販株式会社は、その不動産部が開発した分譲アパートコーポラスという和製英語を与えた。開発は順調に進み『コーポラス(Corporousなる新語は英語の市民権を得てウェブスター辞典に収録され、同社は我が意を得たりと喜んでいた。『分譲アパート』がブームに乗り、他社がマンションと命名した。『コーポラス』が意匠登録してあったので使えなかったせいもあるが、今日では『マンション』が一般の通称になってしまった。しかし、である。『マンション(mansion)』というと、私の脳裏には丘の上にそそり立つ大邸宅のイメージが浮かんでくるのである。(右下のイラスト:高橋 経)


乗用車の後部を延長して荷台を広くした車をアメリカでは『ステーション・ワゴン(station wagon)』と呼んでいるが日本ではライト・バンと呼ぶ。アメリカで『バン(van: ヴァン)』は、積載量が大きい商業車のことだが、日本のヴァンはやや小型でマイクロ・バスと呼んだり、時にはワゴン車と呼ぶから話が行き違う。

ハート、スペード、ダイヤ、クラブの52枚から成る『プレイング・カード(playing cards)』が日本に上陸して以来、いつの間にかトランプという名で通用してしまった。本来『トランプ(trump)』とはブリッジ・ゲームにおける取っておきの切り札のことである。


あるビール会社が、空き缶をポイと捨てるのを止めさせようというキャンペーンのスローガンにClean Up Japan!ときた。台風が日本列島を縦断して、家も畑も吹き飛ばしてしまうという感じだ。英語を使うなら、むしろKeep Japan Clean!としてもらいたかった。


環境浄化でもう一つ、専売公社がしばらくの間Smokin' Cleanというスローガンを使っていた。多分言いたいのは吸い殻を捨てるなということだと思うのだが、文法的に意味不明である。


言葉を短縮したがるのは、日米国籍を問わない傾向だが、日本流に短縮された英語はアメリカ人には通じない。ビルと言ったら『ビルディング(building)』のことではなく、人名の『ビル(Bill)』か請求書の『ビル(bill)』と思われるであろう。ロス・アンゼルス(Los Angeles)』ロスというスペイン語の冠詞だけで呼んでいるが『エル・エイ(L.A.)』としなければアメリカ人には通じない。サンフランシスコ(San Francisco』シスコでなくフリスコ(Frisco)』で通っている。


Tシャツが流行している。その殆どに明らかに和製英語と思われる珍妙な表現がプリントされている。その他ボストン・バッグ、ノートブックから文房具、買い物袋などにも同じ現象が起こっている。どうやら彼らにとっては意味や文法的な正誤にはお構いなく、欧米的な雰囲気を身の回りにただよわせて満足しているという節が見える。

制服、制帽の学生時代を過ごした私にとって、特に気になるのは、例えばUCLA(University of California, Los Angeles)など、特定の学校の頭文字をプリントしたシャツまたは手廻り品である。私の時代に外部の青年がその学校の制服を着ていることが露見すると『てんぷら学生』と罵られ、何らかの制裁を受けたものだ。UCLAのようなマンモス大学にもなると『てんぷら学生』であろうとなかろうと目に角を立てず、鷹揚に学校のPRになると心得て、むしろ歓迎しているのかも知れない。


1960年代の後半、アメリカに日本車が輸入され始めた頃、その宣伝を担当していた責任者に車名の提案をしたことがある。私の提案とは、かつての軍用機の名『隼』、『雷電』、『飛竜』や、力士がつける『大鵬』、『嵐山』といった類いの名称であった。黙って聞いていた彼は「それでは売れません」と、一言のもとに私の素晴らしい提案を却下してしまった。15年振りに帰国し、日本の欧米化を目の当たりに見た私は、なるほど雷電という名の車は売れまい、と納得した。


それでも私はコピーライター達が創った和製英語に抵抗を試みていた。しかし或る日、遂に私の『破局』が訪れたのである。新発売のアルコール飲料に、担当のライターがエキサイト・リキュール(Excite Liqueur』というスローガンを提案した。私は首をかしげ『エキサイト』は動詞だから『エキサイティング』と形容詞にするべきだし『リキュール』は英語ではない」と忠告した。彼は私を哀れむように「これは英語でもフランス語でもありません。日本人の消費者に受ければいいんです。つまり日本語として理解してください」と託宣した。私は返す言葉を失った。


日本で乱れているのは日本語ではなく、どうやら外国語のようだ。

2010年1月7日木曜日

言葉は生きている:その1

2010年度世相比較学会年頭報告より

言葉と世相
北村隆司(きたむら りゅうじ)
ニューヨーク:2010年1月吉日


(筆者は世相比較学会会長で、この寄稿は同会恒例の報告から転載)

日本では、昨今KY語なるものが流行し、その専門の辞書まで出版されているほどだ。

一例が
「JKはKYでIW。HKけどHPはWKがDKはCC。HDとKZ。BYてMT。MA。KB。WHしてもMM。HDしてKIとITがMS」といった具合。

これを翻訳すると「女子高校生は空気が読めなくて意味が判らない。話しは変わるけど、はみ出しパンツはしらけるが、男子高校生は超可愛い。暇な時に電話すると、からみづらい。場が読めなくてまさかの展開。マジあり得ない。空気ぶち壊し。話題変更してもマジ面倒くさい。暇な時に電話する。カラオケに行こうと言ったが、みんなに避けられた」と言う意味になる。

こうした略語の羅列は、単に文字数を省略できるだけでなく、暗号通信の『鍵を共有』する役割を果たし、仲間意識を強める目的も含まれている。これが、日本語の乱れなのか、それとも、過度な標準化やグローバリゼーションに対する若者たちの反抗心からなのか、私には今のところ判断し難い。

日本語と言えば「言葉こそ文化の担い手である」と考え、その乱れを憂慮する碩学の師が多数おられる。


世界的な数学者で、文化勲章の受賞者でもある故岡潔(おか きよし)博士もその一人で、彼は起床するとすぐ自分の精神状態を分析し、高揚している時はプラスの日、減退している時はマイナスの日と呼び、知識欲が次々に湧き出る
プラスの日は、例えば柿本人麻呂(かきのもと ひとまろ)の和歌も、内容はもとより人麻呂の生きた時代背景、人物像まで持論を展開できるが、マイナスの日は寝床から起き上がりもせず一日中眠りこけ、無理に起こそうとすると「非国民!」と怒鳴るなど、ユーモラスな奇行振りで人々に愛されていた。

その博士が書いた春宵十話と題する随筆集の中で「孫は二月生まれだから『もえいずる』の意味での字を使いたかったが、当用漢字にはないので仕方が無かった。日本語は物を詳細に述べようとすると不便だが、簡潔に言い切ろうとすると、世界でこれほどいい言葉は無い。簡潔と言う事は、水の流れるような勢いを持っていると言う事だ。だから勢いのこもっている動詞を削ったり、活用を変えたりするのには賛成出来ない。兎も角、感じをあらわす字を全部削ったのは、やはり人の中心が情緒にある事を知らないからに違いない」と日本語の変遷を嘆いておられた。

男の子の名前からが消え、女の子からが消えて久しいが、最近人気がある名前は、男児がハルト、ユウト、ユウキ、コウキ、リク。女児はユナ、メイ、ミオ、リオ、ユイだと伝えられている。

現在では、人名用漢字制限は大幅に緩和され当て字』、『交ぜ書き』、『造語が自由に作られ、振り仮名無しには読めない名前が増えている。
これだけ突飛な当て字名が流行すると、名寄せで社会保険受給者の整理をする事は不可能で、国民背番号制度(税番号)の導入など、社会制度変革は待った無しの状態だ。
岡博士が在世だったら、一方で暗号化されたKY語が横行し、片や突飛な名前が流行る最近の世相をどのように感じられるだろうか?

問題が発生する度に「原点に戻れ」と連呼する日本だが、料理、音楽、現代用語に至るまでフュージョン(混沌)』が流行る日本社会は、誠に奇異に映る。


耳慣れない新語の多くが、NHKの本部がある渋谷が発祥地だとされ渋谷語事典 2008と言う事典まで発行されている。事実、放送番組を観ていると、フュージョン、語呂合わせのオンパレードだ。幾つか例を挙げて見よう。



(1) 外国語や外人を使う意味が不明な番組 


BEGIN Japanology:日本特有の歴史や文化を説明する日本人向け番組に、ピーター・バラカンと言う外人を起用して、英語と日本語をちゃんぽんに使って解説する不思議な番組。

(2) 駄洒落、語呂合わせ、造語の番組名
バラエティー生活笑百科』;『生活ほっとモーニング』;『ピタゴラスイッチ』;『あさだ!からだ!』;『アジア語楽紀行』;『アジわいキッチン』。




(3) 混血軽薄語


Jブンガク』:『cool japan』;『歴史秘話ヒストリア』;『The 女子力』;『最新ヒット・ウエンズデー・J-POP』。




(4) カタカナ造語


ワンダー×ワンダー』;『パフォー!』;『トラッド・ジャパン・ミニ』;『シャキーン!ザ・ナイト』;『タイム・スクープ・ハンター・スペシャル』;『ウエルカメ』;『クインテット、ニュー・イヤイヤ・コンサート』。




アナウンサーまで、駄洒落と語呂合わせを競い合い、日本語の堕落(進歩?)に大いに貢献しているNHKだが、世界の人の心を揺さぶる珠玉の番組の制作能力は、BBCに優るとも劣らぬ世界のトップ・クラスの実力を持っている事は確かだ。
NHK紅白歌合戦の費用を少し削って文化的な優秀番組の制作と普及に経営資源を廻せば、憲法第3章、第25条にある「国民の健康で文化的な」生活の保障に、間違いなく大いに貢献できる。これは、視聴率に縛られない公共放送としての義務と特権であろう。

私は、外来語や借用語を頭から排斥する程の国粋主義者ではない。ただ、言葉はその国の文化をあらわす大事な道具であり、ケネデイー大統領、キング牧師、オバマ大統領などの名演説が世相を動かした様に、成熟した民主国家で果す言語の役割は重要かつ大事である。日本でも、言葉で生きている政治家や報道機関の方々は、もう少し言葉を大切にして欲しいというのが私の新年の願いである。


米国発の金融ショックから立ち上がれないでいる日本の現状を考えると、例年の様に冗句を交えた軽口報告が出来ないのが残念だが、せめて、恒例通りサラリーマン川柳から、昨年の世相を面白く表現した作品をご紹介して新年の報告を結びたい。



   「iPod すぐに沸くかと 祖母が聞く」 

   「円高を 実感したいが 円が無い

   「バラ撒きを 批判しつつも 待ちわびる

   「遼君に 生涯賃金 追い越され

2010年1月4日月曜日

年頭社説と日米同盟


志知 均(しち ひとし)
2010年1月3日

● 日本のいくつかの新聞(朝日、読売、毎日)は論調に相違はあるがいずれも日米同盟の重要さを強調している。朝日新聞オバマ大統領が東京で『日本の奇跡』を語り、日米同盟はアメリカのアジア地域への関与を可能にしたと述べたことにふれ、日米安保条約憲法9条が日本国民に安心感をあたえてきたことを指摘する。しかし、日本はアメリカに基地の提供とその維持のための財政支援をしているから日本が米国防衛の義務を負わなくてもよいという。だから同盟を維持する上で『対米追随』『日米対等』かの言葉のぶつけ合いは意味がないと結ぶ。

● 読売新聞は、日米同盟は日本の安全保障の生命線と述べ、鳩山首相対米対策(米国依存を改め,対等な関係を目指すためには自主防衛力の抜本的強化が必須)を支持する。防衛力が大きくなると景気対策や社会保障予算が圧迫されるし、軍事強化に対する周辺諸国の懸念も高まるであろうが仕方がない。読売新聞が、中国との戦略的互恵関係を強化する以上にアメリカとの関係強化が不可欠だと特に強調しているのは興味深い。

● 毎日新聞の社説は歴史的観点から現状をみようとする。1300年前、大和朝廷は百済救援のために数万の兵を朝鮮半島に送り、白村江で大敗し国難を招いた。唐、新羅の連合軍の襲来を恐れて国土防衛をはかり、律令国家制度をととのえ、平城[奈良]遷都を行う。この時代は大きな危機を克服して国の再建を果たした時代だった。奈良へはインド、唐、ベトナムなど各国の僧が訪れ、アジア文化の集積地として大きな『発信力』を持っていた。現在の日本は経済沈滞で関心は内向き、国際的発信力は弱まっている。それを高めるためには外交の基軸である日米同盟の深化が必要なことを強調する。

 一方、アメリカの新聞(NYタイムズ、ボストン・グローブ、ワシントン・ポスト、シカゴ・トリビューン、ロサンゼルス・タイムス)の年頭社説で日米同盟に触れているものは一つもない。
ロサンゼルス・タイムズは毎年元旦に次の一年に起きてほしいことのリストを発表するが、普天間基地問題が早急に解決して日米関係が改善されるのを望むという項目はリストにない。

 また、ワシントン・ポストの社説は、毎日新聞の社説のように歴史をさかのぼって前世紀のはじめに南北戦争で生まれ変わった『新国家』がその後急速に進歩発展し、世界一強くて裕福な国になり、第二次大戦後には対外援助、自由貿易、人権、民主主義を推進して世界をリードしてきたことを強調する。しかし現在の経済低迷、自然資源の制限、反テロ戦争の行き詰まりなどをみると、アメリカの理念を今後も維持できるだろうかと懸念している。日米関係については何も言及していない。

● 日米関係に関する関心の落差が両国のジャーナリズムでこんなに大きいのには驚かされる。一般のアメリカ人の対日感情は悪くないので日米関係を軽視しているとは思えない。しかし第二次大戦を経験している年配の友人、知人の本音は複雑である。すこし厳しい内容だが書いてみると、
  1. 日本は本当に信頼できるか?(宣戦布告前に始めた真珠湾攻撃のことを忘れていない) 
  2. 日本は憲法9条をたてにとって国の安全保障はアメリカ依存で安心しているが、どうして自分の国は自分で守るように憲法を改正しないのか? 
  3. 日本が同盟で軍事的コミットをしないのであれば、アメリカが攻撃された時ぜんぜん頼りにならないのではないか? 
  4. 将来、中国とアメリカの間で共存共栄の条約ができれば日本の重要性は小さくなるので日米同盟の内容も見直したらどうか? 
などなど。 日本が日米同盟を国家安全と外交の基軸と本気で考えているのであれば、その同盟を強化する具体的努力が必要であろう。思いついたことをいくつかあげてみると、
  1. 鳩山首相が言うようにアメリカとの同盟を保ちつつ防衛力、軍事力を強化する。そのためには憲法改正も辞さない。
  2. いざという場合、同盟国の義務としてアメリカの防衛に軍事参加する。
  3. 日本はアメリカの歴史に記録されるようなかたちでもっとアメリカ社会に浸透する必要がある。アメリカは多民族の集まりでできている国だが日本の『浸透率』はきわめて低い。そもそもアメリカはイギリス王室との戦いから生まれた国だからイギリス[広くアングロサクソン]の浸透率が高いのはいうまでもない。新大陸を発見したコロンブス(Columbus)も、アメリカという名前の由来である探検家アメリゴ・ベスプッチ(Amerigo Vespucci)イタリア人フランスベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)の要請でマルキス・ド・ラファイエット(Marquis de Lafayette)が率いる軍隊をジョージ・ワシントン(George Washington)のもとに送り、ヨークタウン(Yorktown)の戦いでイギリス軍を破ってアメリカ独立に貢献している。中国人はアメリカ横断鉄道の建設に従事している。前世紀のアメリカ宇宙士の月着陸はドイツのロケット科学者の協力なしには実現しなかった。第二次大戦末期にイタリア戦線で活躍した二世部隊の功績は日本人の功績ではなく日系アメリカ人の功績として評価されている。湾岸戦争の時にもし日本が軍隊を送ってめざましい戦果をあげていたとすれば日本の功績は大いに評価されたであろうがチャンスを失した。
この小文への反論はいろいろあると思う。それで議論が沸くとしたら望外の喜びである。

2009年に逝った人々:追加4名

先日公開した2009年に逝った48人の人々に、年末間際に亡くなった方々を含め、更に4人追加いたします。

改めてご冥福をお祈りいたします。

6月19日;田鍋友時、113才、男子部門でギネス・ブック最長寿を記録:★12月17日;ジェニファー・ジョーンズ(Jennifer Jones)、90才、1940年代ハリウッドの人気女優:★12月29日;ディヴィッド・レヴァイン(David Levine)、83才、NYタイムズ紙などに掲載された有名人のカリカチュア画家(上の画は自画像):★12月30日;アブドラーマン・ワヒド(Abdurrahman Wahid)、69才、前インドネシア大統領